2016_03
06
(Sun)22:01

『beautiful world』

太陽が見えなくなった世界の話。
※一部残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。







 『ソル』の光が届かない薄暗い路地裏。両脇の建物は蔦が這いガラスが割れ廃屋同然であるが、崩れた石畳の上にはごみ一つ落ちていない。

 その上を薬莢が澄んだ音を立てて転がる。銃を手にした黒ずくめの男――ユーリは腕を下ろすと詰めていた息を吐いた。

 肺に馴染む硝煙の臭いと見慣れたどす黒い液体、その中に細かく痙攣する肉の塊があった。髪の毛はところどころ抜け落ち、瞳は白く濁り、肌もまだらに茶褐色に染まっている。

 どう見ても中期の『発症者』だった。真っ白な寝間着を着ているところを見ると、『施設』から逃げ出してきたのだろう。ユーリは顔をしかめて腰のホルスターに銃を戻した。

 背を向けて去ろうとした時、ヒールが石畳を踏む音が聞こえた。聞き覚えのある音に思わず足を止めて振り返る。

 深い緑色のワンピースの上に同じ色のマントを付けた女が近付いてくる。フードを目深に被っているため、その表情は見えない。首に下げている太陽の形をしたIDが鈍く輝いている。まるで祈りをささげる修道女のようだった。

「これで何人目かしらね」

 静かに発せられた声には何の感情もこもっていなかった。女は死体に手を伸ばすと首につけられていた個体識別タグを確認する。トランシーバーに向かって「B-21-3通りにて№65214852155を発見。回収を要請する」と短く告げる。

 立ち上がるとユーリのほうに視線を向ける。フードの影からは顎までのカールした美しい金髪と青い瞳がのぞいている。

「いつまで続ける気なのかしら?」

 女――ニナはため息交じりで言った。

「お前には関係ない」

「関係なくはないわ。業務妨害よ。それに」

 反逆罪よ、と告げた。一瞬だけ二人の間に静寂が落ちる。

「そしたら俺も『ソル』の餌か」

「そうね」

 張りつめた声とともにニナは鞭と手錠を取り出す。

「いつから警察の真似事も始めたんだ。どうかしているな」

「ユーリ」

 振るわれた鞭をすんでのところで避けると、ユーリは背を向けて走り去った。

 ニナは鞭と手錠をしまうと、程なくして到着した回収部隊に指示を出し始めた。



 8年前、人類は太陽を失った。衝突した隕石によって巻き上げられた大量の塵が地球を覆いその光を遮ったのだ。同時に地震、津波、噴火、大寒波、あらゆる自然災害が起こった。

 混乱という言葉では言い表せないほど無秩序と慟哭が溢れた中で造られたのが『人工太陽(ソル)』だった。光と熱を得て人類はようやく落ち着きを取り戻した。

 従来の発電所とは別に整備されたソル専用の発電所には主に2つの発電方法が採用された。1つ目は人力によるもの、2つ目は火力によるもの。

 そこで3つの義務が市民に課せられた。

 毎日ごみを集めて所定の位置に提出すること。

 『発症者』を見つけたら遅滞なく報告すること。

 死んだものの遺体を差し出すこと。

 破れば反逆者として「ごみ」と同じ扱いを受けるのだった。



 ニナは何人かの『発症者』を保護してから施設に戻ると、事務所で報告書を記入し、発電所へ向かった。

 特殊な遮光が施された管理スペースから見下ろすと、ガラスの向こうでは『発症者』たちが軸から八方に伸びた棒を数人がかりで押している。直径1mほどの軸はいくつもあり、数え切れないほどの『発症者』たちが一心不乱に働いていた。その合間で真っ白な防護服を来た監視員たちがチェックをしているのが見える。

 まだ自我がある初期のうちにこの労働を覚えさせると、症状が進み自我がうつろになっていっても働き続ける。それは『発症者』たちが光を求める性質を利用したものだった。

 動けば光が得られる、徹底的にそう教え込むのだ。そうすると人間としての機能が最低限に抑えられ、光のみに反応する動力になる。症状が進むほど稼働率が上がっていく。休息もほとんど取らず、ただ動き続けるようになるのだ。

 しかし元が人間である以上、限界はやってくる。症状が末期になるとある日突然動けなくなるのだ。
そうなったら燃料になる。ごみ、その他の死体、犯罪者も同様だった。国が不要と判断したものは全て燃料とされた。問答無用で炉に投げ込まれていくのだ。

 人間のまま死なせる、とユーリは言った。彼は何らかの理由で保護されなかった、あるいは脱走した『発症者』をその手にかけていた。

 そうなると燃料として回収はできるが労働力の損失になる。加えて行方不明の個体がいくつも存在することから、ひそかに埋葬されている可能性が考えられた。

 この世界のためにはユーリを排除しなければならない。

 胸に下がるかつての太陽を模したIDを握りしめ、眼下に広がる光景に誓いを新たにする。

 それなのに、自分は彼が放った銃弾で死にたかった。



 薄く闇が広がる頃、ユーリが街から離れた森の中にある家に戻ると、飼っていたゴールデンレトリバーが冷たくなっていた。ある時から徐々に毛並みの輝きがなくなり、数日前からは動くことはおろか食べることさえもできなくなっていた。寿命だった。

 ユーリは装備も外さないまま傍らに膝をつき丁寧にその亡骸を抱き上げると、小屋の裏手に穴を掘って埋めた。

「お疲れさん」

 それとわからないようにかすかに盛った土の前に腰を下ろすとゆっくり目を閉じた。

 ニナと暮らしていた時に飼い始めた犬だった。人懐っこくて賢い犬だった。ニナはユーリにじゃれている様子を眺めながら、子どもができたら良い遊び相手になるわね、と笑っていた。

 あの日、隕石の衝突によって2人は引き裂かれ、再会した時には6年の歳月が流れていた。既に道は完全に分かたれており、お互いに手を取ることはできなくなっていた。

 いつかちらりと見えた彼女のIDには自分と同じファミリーネームが刻まれていた。なぜかその記憶が頭から離れない。

 木の隙間から零れ落ちるソルの光が途絶える。消灯の時間だった。


スポンサーサイト

C.O.M.M.E.N.T

コメントの投稿

非公開コメント

トラックバック