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2016_02
20
(Sat)22:31

バレンタイン企画④『海に祈る』

リクエスト第4弾です。オリジナルです。リクエスト内容は最後に記載しますね。
1週間遅れてすみませんでした。一生懸命作りましたので、楽しんでいただければ幸いです。





 空は茜と藍が混ざっていて、筆ではいたような薄い雲が広がっていた。どこかでからすがかあかあとうるさく鳴いている。振り返れば山の黒い影がまるで自分に手を伸ばそうとしているようだった。

 そんなある冬の夕方、俺はからからに枯れた田んぼの中を祖父に手を引かれて歩いていた。当時は腰も曲がっておらず、焼けた肌に深く刻まれたしわの上にさみしい頭髪がなびいているのが随分と高い位置にあった。

 容赦なく吹き付ける冷たい風の中にかすかに海の匂いを感じる。外灯などあるはずもなく、道はすでに視界も悪くなりつつあった。祖父が持つ懐中電灯だけが頼りだった。

 ゆらゆらと広がる黒い不安から逃れるように照らされる先だけを見つめて歩き続けた。

 どれだけ歩いただろうか、既に日は落ちてあたりは真っ暗になっていた。祖父が足を止める。祖父の視線を追って顔を上げると、うっそうと茂る木々の合間に苔に覆われた長い石の階段が見えた。その先には鳥居らしきものがある。祖父はひとつため息をつくと一歩を踏み出した。自分もそれに従う。

 途中で休みながらもなんとか登り切ると、一軒の家が現れた。昭和の香り漂う木造平屋建ての玄関先にはオレンジ色の明かりが灯っていた。表札には「島守」とあった。祖父は何のためらいもなく引き戸に手をかける。戸はがらがらと音を立ててあっけなく開いた。

 靴箱から勝手にスリッパを取り出すと奥に入っていく。俺はためらっていた分、出遅れてしまった。慌てて後を追う。

 玄関から左に曲がると、祖父が正座をして障子に手をかけていた。失礼しますと言って戸を引く。

「孫が7つになりました故、ごあいさつに伺いました」

 頭を下げている祖父の後ろからおそるおそる部屋の中を覗く。そこにいたのはファッション雑誌を抱えた緑ジャージに赤いはんてん姿の女だった。長い髪はいろいろな方向に跳ねていて前髪だけはちょこんと結んでいる。ふちの赤い眼鏡の奥にあるくりくりとした茶色い目はリスを彷彿とさせた。

 どう見ても休日にリラックスしているお姉さん。そのラフさとかしこまっている祖父の対比が変だった。そもそもなんでこんなところに来たのかが不思議だった。

「ああ、こんばんは。よく来たね。私は春樹。君の名前は?」

 女は気にした風もなく雑誌を閉じるとにこやかに対応した。芝居がかった喋り方と異常に通る力強い低めの声。見た目とのギャップに違和感がすごかった。

「……唯」

「唯ちゃんか、よろしく」

俺は差し出された手を反射的に思い切りはたいた。

「俺は男だ!」

 後ろから思い切り祖父にゲンコツを落とされた。それが出会いだった。



 春樹は「海祈姫(うみのりひめ)」といい、この島の守り神にも等しい存在だという。名のごとくひたすらに海に祈りを捧げ、島の自然に心を寄せてその日々の盛衰を見守り、島民が健やかに過ごせるようにしているらしい。

 だったら先に説明してくれよと言ったが、祖父には忘れてたの一言で片付けられた。翌日の朝、玄関に出しっぱなしの靴を右左逆に置いてやった。俺の早めの反抗期の記念すべき1ページ目が刻まれた瞬間だった。

 それからしばらくは春樹のことは忘れていた。怒られた記憶と結びついているから、無意識に封印していたのかもしれない。

 ある日、海岸沿いを歩いているとどぎつい黄色のコートを着た女がいた。ひょこひょこはねるちょんまげと真っ赤なふちの眼鏡には見覚えがあった。

「君は……唯か。久しぶり」

 見つからないように引き返すつもりだったのに、相手のほうが一歩はやかった。春樹は何がおかしいのかくすりと笑った。

「まあ、そんな顔をするな。会うのは二度目だな。元気にしていたか?」

「覚えてるのか?」

「もちろん。島のもののことはすべてわかる」

 風が吹いて海のにおいが一層濃くなる。一瞬、春樹の輪郭がかすんで空気に溶けているように見えた。驚いて目をこすると元に戻った。

「どうしたんだ?」

「何でもない」

 俺はとっさに首を振った。自分の目がおかしくなってしまったのかと怖くなった。ぞわぞわと嫌な感じが体中に広がっていく。

「そうか。何かあればすぐに言うんだぞ」

 春樹はそれだけと言うとあっさりと去っていった。感覚の中に波の音だけが残り、不思議と気持ちが静まっていた。

「変なやつ……」

 2回目の印象は、そこまで悪くはなかった。ただただ黄色だけが目の裏に残っていた。



「二十歳のお祝い?」

 あいつそんなにババアだったのかよ、とは口に出さなかったが正直驚いた。

 初めて会ってからちょうど一年が過ぎたぐらいだった。祖父に話を聞いた時は、島をあげて祝うことよりも年齢のほうに驚いた。ちょくちょく会って絡まれた時に話はするが、年齢なんて気にしたことがなかった。

 しかも誕生日がバレンタインデーとか、似合わないにも程がある。お祝いには興味はなかったが、ごちそうが食べられると聞いて行くと返事をした。この時はまだそんな程度だった。

 当日、昼寝をして遅れてしまった俺は一人で石段を駆け上がった。始まってからかなり時間が経ってしまっている。なんで起こさなかったんだあのくそじじいと心の中で悪態をつきながら必死に走った。

 食べ物は残っているだろうかと焦りながら祖父から聞いた宴会場を探す。春樹の家の裏にはさらに奥へと進むための道がいくつもあった。草木で先は全く見えない。迷う時間すら惜しくて適当に決めて駆けていく。

 少し走ると開けた庭のような場所にでた。そこには建物らしき影も人の気配もない。静寂だけが広がっている。はずれたと思い引き返そうとすると視界の端に何かが映った。巫女装束をまとった春樹が庭の端でぼんやりと立って空を眺めていた。

 彼女は月の光を浴びながらただ静かに涙を流している。どきりとする。見てはいけないものを見ていると思った。だけど、目が離せなかった。

 淡く輝く肌と白衣。闇に溶けるような髪。何も映していない濡れた瞳。そのすべてが美しく、光の中に溶けてしまいそうだった。そこだけ世界が違う。少しも動けずにただただ見つめていた。心臓の音で気付かれてしまうのではないかと思った。

 どれくらいの時間が経っただろうか。止まっているようにも感じたが、実際はそれ程経っていないようにも思う。春樹が静かに木々の中に消えていくと魔法が解けたようにすべての感覚が戻ってきた。

 その日は宴会場には行かずにそのまま家へ帰った。それからしばらくは目を閉じるたびにあの夜の光景が思い出されて息苦しくなった。



 小学校の高学年になると自転車を買ってもらった。風を切って走るその感覚に夢中になり、島中を巡った。

 そうすると春樹を見かける機会が増えた。あいつはどこにでもいた。

 ある時はつるに絞められてだめになった木の枝を落としていた。

 ある時は海底の岩に引っかかって破れた網を漁師の妻たちと縫っていた。

 ある時は畑に出て草をむしっていた。

 ある時は子供たちに鳥の名前を教えていた。

 海祈姫と言えども、特別な力があるわけではなかった。自らの手でこの島を守っているのだ。そのことに気付いた瞬間、自分の中に何かの感情が広がった。それは尊敬でもあり、憧れでもあり、幼い恋でもあった。

「唯、元気か?」

 顔をあわせるたびにそう尋ねる春樹がまぶしく見えた。



 中学生になると部活で忙しくなり、朝早く学校に行き夜遅く帰っては自主トレをする毎日だった。

 休日に島の中を走っていると、春樹を見かけた。いつも変わらない派手でださい格好をしているからすぐにわかった。ただ、それ以上に光を含んだような艶やかな長い髪が印象的でいつも目で追いかけてしまった。そうして目が会うと、春樹は手を振ってきた。

 どこにもいけない熱が自分の中で育っていった。



 高校入学とともに島を出て寮に入った。そこで先輩や友人たちに良いことも悪いことも教わった。

 いかにあの島が閉鎖的だったのか、思い知らされるたびに落胆が島への嫌悪感に変わっていった。

 美しく清浄な空気に満たされた自然のことも、優しい島の人たちも、海の香りとともに忘れていった。その一方でただ一人を海に捧げられた女。その人への哀れみとも愛しさともつかない情だけが大きく膨らんでいった。

 高校1年のゴールデンウィーク。島に帰省していた俺は偶然春樹の家の前、正確には石段の下で出会った。

 お茶でも飲んでいくか、という問いに考える間もなくうなずいた。

 こたつに入って、学校のこと、寮のこと、島外でのいろいろなことを話して聞かせた。今までにないくらい話をした。中でも春樹が関心を持ったのは島出身のメンバーの動向だった。

「そう言えば、林先生も島出身だって言ってた」

「林……孝太郎か?」

「そうだけど?」

 身を乗り出してきて尋ねた春樹にそう答えると、ことさらにうれしそうな顔をした。

「奴は私の舎弟なんだ。2つ下で幼い頃はよく共に山の中を駆け回った。立派にやっていたか?」

 生徒の中で笑っている人の良さそうな教師の顔が思い浮かんだ。この派手女の幼なじみだというのがなんとなく結びつかなかった。

「ああ。ってかどうせ引き摺り回してたんだろ。林先生優しいから」

「そうともいえるな」

 春樹がけらけらと笑う。それから俺の話と春樹の思い出話が入り乱れながら展開していき長い時間が過ぎた。お互いに夢中になっていた。

「唯、これからも帰ってきたら島の外のことを教えてくれ」

 ようやく腰を上げた時にいつになく上機嫌な春樹が言った。それにつられて俺も気軽に了承した。思えばこれがいけなかったのだ。

 それからまとまった休みがあるたびに島に帰省しては春樹の元へ出向いていった。学校のこと、普段の生活のこと、何を話しても春樹は楽しそうに聞いていた。

 春樹の笑顔を見るのが幸せだった。もう、後戻りができないほど春樹に惹かれていた。



 バレンタインデー。俺にとっては春樹の誕生日という印象が強かった。毎年、チョコレートよりもただ一人を思っていた。

 この時期はしゃれたチョコレートがいくつも売っていて、簡単にちょっとしたプレゼントが選べる。そしてそこに特別な意味を持たせることもできる。便利な行事だと思った。

 高2の祝日を含めた三連休、俺はある決意を持って島に帰省した。

 かばんの中にチョコレートを忍ばせて石段を登った。一気に登り切って、そのままの勢いで戸を開けて部屋に向かう。障子の向こうにはおなじみのはんてんと緑ジャージの春樹がいた。こたつに入ってみかんをむいている。いつもの風景なのに心臓が痛いくらいに暴れている。

 それをごまかすために直角になるように座ってかごのみかんを手に取る。

「どうだった? 唯」

 自然に促されて俺は島を離れていた時間について語りだした。しかし頭の中にあることがひっかかってずっとふわふわとした気持ちだった。口で思い出を語りながらも、頭では何を言っているかよくわかっていなかった。

「俺、大学に進学しようと思う」

 雑談が一旦終わった後、俺は意を決して切り出した。同時にチョコレートの入ったかばんを手元に引き寄せる。

「そうか。いいんじゃないか」

 この島では高校卒業と同時に島に戻るか、大学進学をしてそのまま島外で就職するかの二択だった。大学進学はつまり島に戻らないことを意味していた。

 春樹は笑っていた。しかし、本当に言いたいのはその先だった。

「春樹も島の外に行きたいなら、一緒に行かないか? 一緒にって言っても、アパートの隣の部屋とか。助け合えるだろうし……」

 飛び出しそうになる心臓を抑えつつ言った。後半は勢いがなくなっていく。今思えば、自分の思いを優先したひどく子供じみた提案だった。

「唯、私は島から出られないんだ」

 間を置かず放たれたのは、静かで力強い拒絶の言葉だった。頭から冷たい水を浴びせられたような気分だった。しかし、その中に残る火があった。

「なんでだ? おかしいだろ」

 なぜ今の時代にこうして島のためにとただ一人が犠牲にならなければならないんだ。そういった言葉をいくつも並べた。吐けば吐くほど、自分の中の火が燃え上がっていくのを感じた。

「遠くから続く約束なんだ。破るわけにはいかない」

 短く、ただ否定される。

 顔に熱が集まる。気が付いたら春樹を押し倒していた。長い髪が敷布をはみ出して畳にまで広がる。

 涙が溢れてきて春樹の頬を伝った。彼女は慌てた様子もなく手を伸ばすとそっと俺の顔に触れた。

「大丈夫だ。どんなに辛くても、我慢していればそのうち平気になる」

 穏やかに笑っていた。そこにはわずかの動揺もなかった。

 そこからどうやって帰ったかは覚えていない。チョコレートがその日のうちにゴミ箱行きになったことだけを鮮明に覚えている。



 島を出る船に乗る時、春樹は見送りに来た。いつもの派手な赤い眼鏡はなく、髪もその身に沿うようにおとなしく流れている。白と紅の巫女装束に幾何学模様が描かれた青い羽織を着て、両手にひとつずつ拳大ほどの鈴を持っていた。真正面に現れたその姿に足を止めてしまった。まっすぐに見つめられる。

 右手の鈴をりん、と鳴らす。

「島を出ていても、唯は島の子だ。私は君がただ幸せであるように祈り続ける」

 そうして左手の鈴をりん、と鳴らす。その音に何かが砕け散り、心がすっと冷えていくようだった。何も答えずに船に乗り込むために背を向けて歩き出す。

 春樹は誰のものにもならない。それは春樹自身にも言えることだった。彼女はこの島のものでしかない。ただひたすらに島の守をする、神の女。海祈姫。

 どうにもならない。ただの人である自分が想ったって仕方がない。時間が巻き戻せるのならそうしたい。提案する前に、恋に落ちる前に、いや、あの夜の前に。

 後悔と諦めと落胆と、まるで波が引くように自分の中の淡い何かをさらっていった。

 それでも、

 足元のタラップがゆがんでいく。苦いものがのどの奥から込み上げてくる。

 好きだった。

 自分の意に反して止めどなく流れてくる涙を服の袖で乱暴に拭う。平気になるまでは二度と戻らない。そう心に誓って島を後にした。




リクエストは男性と年上の女性で、男性の成長に伴い変化していく女性への気持ちの変遷、ということでした。男性側の片思いなら尚良しということでこういうお話になりました。ありがとうございました!

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C.O.M.M.E.N.T

No title

ありがとうございます(*^^*)
マニアックなリクエストが素敵なお話に昇華されて、読みながらずっとニヨニヨしていました笑
飄然とした、でも譲れない一線をうちに秘めたヒロイン(?)が、非常にツボでございました。
改めまして、ありがとうございました!

2016/02/21 (Sun) 10:04 | 野津征亨 #- | URL | 編集 | 返信

Re: No title

野津さま

こんばんは。コメントありがとうございます。
楽しんでいただけてうれしいです。こちらこそ素敵なリクエストをありがとうございました。
ださいし、最後30歳だし、主人公になびかないしでヒロイン要素皆無でしたがその分おもしろく書けたので満足しています。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。

吉川蒼

2016/02/21 (Sun) 22:42 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

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