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2014_03
16
(Sun)12:00

『花、嵐』

お嬢様とその護衛役の話



 





 一面に白い花が咲いている。それは小さく、花びらの端が少しだけ青みを帯びていて、彼女が幼い時から慣れ親しんだ花に少し似ていた。

 時折強い風が吹いて無数の花びらが舞い上がり、吹雪のようになる。

 彼女は風に流される髪を抑えつつ、ふと後ろを振り向くと、落下する花びらの向こう懐かしい姿が見えた。思わずドレスの裾を持ち上げて駆け寄る。

「お久しぶりね。貴方、全然変わっていないのね!」

 彼は少しだけ驚いたような顔になったが、すぐに平静を取り戻した。

「お久しぶりでございます。お嬢様はますますお美しくなりましたね」

 そう言って恭しくお辞儀をする。

「5年もあれば普通それなりに変わるわよ」

「5年しか経っていないのですね。あれから」

 彼の表情がわずかに曇る。

「5年も、よ」

 彼女はむっとして抗議する。

「いえ、随分と早くお会いできたことが残念でなりません」

「別にわざとじゃないのよ。それを今から説明してあげるわ。長い話になると思うから、座りましょうか」

 そう言ってさっさと腰を下ろそうとする彼女を手で制し、彼は持っていたハンカチを敷く。

「あら、ちゃんとレディー扱いしてくれるのね」

「もう昔とは違いますからね。お嬢様も素敵な女性になられました」

 笑い合いながら2人で並んで座る。目の前ではただただ白い花が風に揺れている。そして時折風に巻き上げられ、散っていく。

「ねえ、この花、お屋敷の庭にあった花と似ているわよね」

「ああ、お嬢様が泥だらけになってなぎ倒していた花ですね?」

「ちょっと、それいつの話? それになぎ倒していたのではなくて、世話をしようとしていたのよ」

 ふくれる彼女の顔を見て、彼はくすくすと笑う。

「そのお顔も懐かしいですね。幼少の頃より何度見たことか」

「貴方にそうやってからかわれるのも久しぶりだわ」

「そうですね。私がお暇させていただく直前は、ゆっくりとお話する機会もあまりありませんでしたから」

 2人の間に少しだけ影が落ちる。

「それは……貴方が勝手に決めて、さっさと準備をして出て行ってしまったからでしょう? 私はびっくりしたわよ。いきなり軍に入隊だなんて」

 彼女はそれから目をそらすように、明るく返した。

「お嬢様もご婚約が決まられて何かとお忙しくしていらっしゃったので、なかなかご報告できなかっただけですよ。旦那様とは大分前から進めておりました」

 彼も笑顔を崩さない。

「貴方、ただの私の家庭教師兼護衛役だったのにね」

「お嬢様の幸せな未来をお守りするためなら何でもいたしますよ。我が国が勝利すれば、旦那様のためにも、お嬢様を幸せにしてくださるご婚約者様のためにもなりますから」

「そう……そうよね。お2人とも軍の方だから、勝利すれば英雄だものね」

 一瞬の沈黙が降りる。

「あ、そうだわ。貴方がいなくなってからの話をしてあげる」

 彼女はわざとらしくぽんと手を打つと、彼の知らない5年間を語りだした。


 花嫁修業をがんばったこと。

 お菓子作りが上達したこと。

 屋敷に婚約者にもらった新しい種類の花を植えたこと。

 国境地帯で大きな戦があり、自国に甚大な被害が出たのを聞いたこと。

 父がその戦で大怪我を追って、動くのもままならない状態になったこと。

 母が心痛で病に伏せってしまったこと。

 婚約が破談になったこと。

 使用人たちがたくさん辞めていったこと。

 先が見えず長引く戦で、国内が疲弊していったこと。

 怒鳴り声や子供が泣き叫ぶ声が聞こえるようになったこと。

 流行病が広まったこと。

 町が荒んで、強盗や殺人が多発するようになったこと。

 怒鳴り声や子供の泣き叫ぶ声すら、だんだんと聞こえなくなったこと。

 
「弟たちは、国外の叔父様のところへ行かせたわ。あと、残っていた使用人たちもみんな解雇して、別の働き口を世話したの。もうあの家、いいえあの町自体が限界だったから」

 長い長い話を彼は黙って聞いていた。その顔に笑みはもう無い。

「必死だったわ。本当に。特にお父様が大怪我をした戦で、貴方が亡くなったと聞いてからは。私には何もどうしようもできないけれど、せめて貴方に恥じない生き方をしようと思っていたのよ」

 彼女は近くの花を撫でながら、淡々と話し続ける。

「でも最後は呆気なかったわ。銃で撃たれたのだと思う。屋敷にはもうお父様とお母様と私しかいなかったことが、せめてもの救いね」

 強盗だったのかしら? と彼のほうを向く。彼の握ったこぶしが震えている。彼女はそれを見て微笑んだ。

「私たちは、きっと時間が巻き戻せてもこの運命しか辿ってこられないわ。最初に出会わないという選択肢を選べば別だけれど、それは無理でしょう? 幸せなだけの時間の後は、隠して、苦しんで、我慢して、そうやって生きてくるしかなかったのよ」

「お嬢様……」

「でも、もう身分も、ほかの誰も、何も、関係無いわ。私たちを苦しめたものは、すべて置いてきたもの。今頃はきっと燃えて全て灰になっているはずよ」

「そう、ですね。ここにいるのは私とお嬢様だけです」

 彼も笑った。

「最後の命令よ。私の手を取りなさい。そして二度と離すことは許しません。この先は共にいきましょう」

 そうして彼女は手を伸ばす。

「……仰せのままに。愛しています、お嬢様」

 彼は生前言えなかった言葉とともに、その手を掴んで抱き寄せた。彼女は彼の腕の中で満足そうにそっと目を閉じた。

 花が揺れている。強い風が吹いて、花びらが舞い上がる。白い嵐が2人を覆う。そのうちに2人の姿は見えなくなった。


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