--_--
--
(--)--:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2015_11
08
(Sun)22:21

『コトノハ』

2000hit記念で『下戸につき』の野津征亨様よりリクエストいただいたものです。

遅くなってすみません。やはり難しかったです……原作の良さを生かしながら作品を書かれる皆様を本当に尊敬します。

漫画のイメージがあるせいか、文章にするとぷちぷち切れてる感がすごいです。脳内で絵に変換しながら読んでいただければと思います。

大変でしたが、普段やらないことなので書いていて楽しかったです。

狼な陛下と兎な妃が出てくる作品の二次創作になりますので、よくわからない方や苦手な方はこの時点でお戻りください。わかってるよ、どんどこい!な方のみ追記よりどうぞ。

壬州に行く前後くらいのイメージです。








 初めは些細な違和感だった。それは夕鈴が陛下と2人、後宮でいつも通りのんびりとお茶を飲んでいた時のことだった。

「陛下、そういえばこの間おっしゃっていた、」

 蒼玉国の……と言おうとして、夕鈴の言葉がぴたりと止まる。言葉がのどに貼り付いて止まってしまったようだ。驚いて手元が狂い、茶器が湯飲みにぶつかる。鈍い音が響き、中のお茶がたぷんと波打つ。

「夕鈴、どうしたの?」

 お茶を飲む手を止めて、小犬陛下が不思議そうに尋ねる。

「いえ、なんか言いたかったことど忘れしちゃって……」

 おかしいですよね、と笑ってごまかすが、心のどこかに引っ掛かりを感じていた。忘れたわけでは無い。言いたいのに言えない。もどかしいような不思議な感覚だった。

 何だか嫌な感じだった。それは真っ白な紙にたっぷりと水を含んだ墨を一滴垂らしたように、じわりじわりと夕鈴の中に広がっていった。その後は普段と何も変わらなかったが、陛下と他愛のない話をしていても、碁を打っていてもその黒い影はくすぶり続けた。

 悪いことが起きる気がする。おやすみなさいを陛下に告げた後、夕鈴は自分を抱きしめた。寒くないのに体が震える。

 そして数日、その予感が当たっていたことを身をもって知ることになる。





 夕鈴は昼間から寝台の上に寝かされていた。医者とその助手が必死に診察をしている様子を女官が一挙動も見逃すまいといった風に心配そうに見守っている。そしてすぐ近くには狼モードで腕組みをしている陛下。室内はぴりっとした空気に包まれていた。

「現時点で考えられる原因をすべて調べましたが、特に健康上の問題はなさそうです」

「では、妃のこの状態はなんだというのだ」

 低い声が静かに告げる。緊張感が高まり、さらに部屋の中の温度が下がるようだった。医者が言葉に詰まり沈黙が流れる。

「あの、陛下、私……」

 耐えきれなくなった夕鈴の声に、狼陛下が視線を向ける。その瞳の厳しさの中に潜む自分を心配する色に、夕鈴は胸が詰まって何も言えなくなってしまった。再び静けさが落ちる。

 夕鈴は、ある時から言い淀んだりうまく反応ができなかったりといったことがだんだんと増えていった。まわりが心配するようになった頃とうとう「言葉が出てこないんです」と訴えた。

 頭の中には思い浮かぶため忘れてしまっているわけではない。ある言葉を言おうとすると声が出なくなる。そしてその言えない言葉がだんだんと増えていった。

 頭が痛いわけでも、のどが痛いわけでもない。ほかに何か変わったことは無いかといろいろ聞かれても、夕鈴には特に思い当たるようなことはなかった。今までに見たことがない事例に医者も頭を抱えているようだった。

「過去に似たような症例が無いかどうか調べてみましょう。とりあえず、すぐにお命にかかわるようなことはありません」

 医者は陛下の射貫くような視線を浴びながら真っ青な顔で告げ、夕鈴を安心させるように微笑む。

「陛下、そろそろ……」

 部屋の外から李順が声をかける。陛下はちらりと視線を向ける。政務を抜け出してきているのだった。

「陛下、私は、大丈夫です」

 夕鈴は両手で拳を握って見せ、思い切り笑顔をつくる。元気ですと伝えるために、陛下を安心させるために。口に出してからこっそりとその言葉を失っていないことに安心する。どれが出てこない言葉なのかは口に出そうとするまでわからない。言葉を発するのはある意味賭けだった。

 陛下はふっと息をゆるめると、寝台のそばに屈んで妃にだけ向ける甘い顔でそっと夕鈴の手を握る。

「すぐに戻る。ゆっくり休んでいてくれ」

 そして髪をひと撫でして名残惜しそうに立ち上がる。振り向きざまに女官たちに何か変化があればすぐに知らせるようにと命じる。

「妃の一刻も早い回復のために努めよ」

 医者はかしこまりましたと深く頭を下げる。

 見送りのために起き上がろうとしたところをここでいいと制止され、寝台の中で仕事に向かう陛下を見送った。夕鈴は早く治さなきゃ、とおとなしく布団をかぶりそっと目を閉じた。





 それからいろいろな薬が処方されたが、治るような気配はなかった。どんどん言葉が失われ、夕鈴の口数は減っていった。夕鈴も初めこそ一語一語が消えてくたびに慌てていたが、最近は少しずつ落ち着いてきた。しかしそれは諦めに似た気持ちで、崖の先に立っているような仄暗い恐怖は心の中に漂っていた。

 そうした気持ちの変化とともに一日中寝ていたのもやめた。このままでは逆に体が弱って病気になってしまうと、起き上がることを許してもらった。

 しかし、普段通りの生活は許されていないため、お茶を飲みながらのんびりと庭を眺める。草木が風に揺れる音、鳥が鳴く声、そして自分がお茶を飲む音だけが響く。ひっそりとした時間の中で時折冷たい風が吹くと、いやに染みた。

 夕鈴が話さなくなるのに比例して、まわりも静かになったようだった。以前であれば「お妃様、今日は良いお天気ですね」、「鳥が鳴いていますね」と日々の喜びを語り合っていた女官たちも夕鈴を気遣ってか最低限のこと以外は口に出さなくなった。

 後宮の中はまるで急速に色を失っていくように、凍り付いていくように、ただただ静かな場所へとなっていった。

 老師だけがいつも通りにぎやかで、見舞いだと言って持ってきた果物を自ら食べながら、夕鈴の生活を事細かに尋ねてきた。





「夕鈴、調子はどうだ」

「陛下、お疲れさまです。体は、大丈夫です」

 陛下はわずかな時間を見つけては、夕鈴の様子を見に来ていた。以前の勢いが無くなり、ゆっくりと言葉を選ぶように話す夕鈴の様子に心が痛む。

 言葉を失ってから、表情はより一層豊かになった。しかし、それは明らかにまわりに心配をかけまいとする夕鈴の優しさからくるものであり、彼女の心から生まれてくるものではなかった。その証拠に以前のように陛下の心を動かすことはなかった。ただ、痛ましく苦しいだけだった。

「私の前では無理する必要はない」

「無理なんて、していませんよ?」

 にっこりと微笑む夕鈴の肩を引き寄せて、その髪に唇を寄せる。夕鈴は一瞬かたくなるがやがてほっとしたように息を吐き、力を抜いてそっと目を閉じる。

 言葉が失われてからの2人は、それを埋めるようにお互いに触れることが多くなっていった。演技を超えていることに薄々気付いていたけれど、止まることはなかった。

 陛下は話せない夕鈴を思って、その目でその手でその熱で語り、夕鈴も同じ方法でそれに応えた。触れ合ったところから伝わる思いが2人を繋いでいた。

 それでも、足りないと思った。言葉にして伝えたいことはいくらでもあった。日々の些細なことも、お互いを思う気持ちも、形にして相手に渡したかった。

「陛下……」

 夕鈴は自分の気持ちを乗せて、最後まで失いたくない言葉をそっと確かめるように呟いた。





 ある日、庭を眺めている時だった。何かがすとんと落ちていくような心地がして、夕鈴は自分の身に起きたことを悟った。のどに手を当てて何かしらの言葉を発しようとしても何も出てこない。全ての血が冷めて凍り付いていくような感覚だった。心臓の音だけがうるさいくらいに耳の内に響いている。

 とうとうこの日がやってきた、と思った。呆然としている夕鈴に女官のひとりが声をかける。

「お妃様……」

 女官の言葉にゆっくりと横に首を振る。

「かしこまりました」

 優秀な女官はそれだけで全てを理解したようだった。そっと部屋を退出する。

 陛下はちょうど地方の視察に出かけて王宮を留守にしている。あと2日は帰ってこないはずだった。出張先まで心配をかけたくないと思うが、夕鈴の意思を伝えたところで判断するのは上司である李順だ。きっと伝わってしまうだろう。あの優しい人が必要以上に心を痛めませんように。夕鈴には祈ることしかできなかった。

 ぼんやりとしていると、窓の外で葉が落ちる音さえうるさく感じる。言葉を失ったことで、音に対して敏感になっているのだ。

「お妃様、こちらをどうぞ」

 気が付いたら女官に呼ばれたであろう医者の助手がいて、栄養剤を手渡される。欠かさずに飲んでいるが効果は無い。気休め程度にはなっているが。

 飲み始めた時に部屋に入ってくる人影があった。老師だった。いつも通りののんきな声で告げる。

「そう言えばお前さん、師匠が呼んでおったぞ。早く行ってやれ」

「そうですか? では」

 助手は片付けもろくにせずに慌てた様子で出ていった。入れ替わるように老師が椅子に座った。そして脇に抱えて持ってきたお菓子を差し出して言った。

「体は元気じゃからの。気を落とさずに美味しい菓子でも食ってゆっくりしておれ」

「そうそう、病は気からってネ」

 いつの間にか降りてきた浩大がお菓子を頬張っている。そして取り合いをする2人。いつものようににぎやかなやり取りの中に紛れ込む2人のさり気ない励ましに心が温かくなった。

「ほれ、お前さんも食べんか」

 そうして口に放り込んだお菓子は少しだけしょっぱかった。





 それから2日後の夜が深まった時間。かたんという音で夕鈴は目を覚ました。夢に溶けたあやふやな意識の中で紺色の影が見えた。

「夕鈴……」

 闇の中で揺れる赤い瞳が夕鈴を見つめる。一番見たかった色だった。いろいろな気持ちが乱れて溢れ、視界がにじみ出す。

 不安で、悲しくて、怖くて、そんな中でも求めてはいけないと思いながら、それでも心が一番呼んでいた人だった。

 “会いたかった”

 夢うつつの中でそんな言葉がこぼれそうになる。しかし、今の夕鈴からは絶対に出てこない。そのことが目の前の人を苦しめているけれど、少しだけ安堵する気持ちもある。言葉にしなければ、事実にはならないから。

 陛下に向かって手を伸ばす。頬に触れると涙が伝っているような気がした。泣いているのは自分のはずなのに。

 陛下は自分の手を夕鈴の手のひらにそっと重ねる。夕鈴はそのまま引き寄せられ、されるがままに陛下の胸に体をそっと預けて頬を擦りよせる。 

 伝える言葉をもたない夕鈴の精一杯だった。心配をかけてごめんなさいと。ただ、それを伝えるために。そう言い訳しながら手を陛下の背に回す。すると、応えるように陛下の腕の拘束がきつくなる。

「ごめんね。もう少しできっと良くなるから」

 陛下の許しを乞うような響きを帯びた言葉が静かに零れ、夜の闇に溶けていった。夕鈴の意識もそこで途切れた。





 数日後、人払いをした王宮のある一室でこれ以上ないくらいに不機嫌な王様とその側近が秘めた会話をしていた。

「李順、報告を」

「はい。陛下のお考えになった通り、女官のひとりと医者の助手が薬を盛っていました。最初は妃だけが飲んでいた安価なお茶の葉に、療養に入ってからは栄養剤に混ぜていたようです。自白させたところ、夏家に雇われた者でした。夏家はどうやら娘を後宮に入れたかったようで、お妃様が邪魔だったとのことです。“ほかの妃が後宮に入ることを嫌がるお妃様”の言葉を陛下が聞かなければチャンスがある、と考えたようです」

 それだけではないでしょうが、とつぶやく。声が出なくなれば暗殺もしやすくなる。それにうまくいけば病気に見せかけて殺すことも可能だ。時間も手間もかかるが、うまくいけば自分たちが疑われない良い方法だ。おそらく李順も同じことを考えている。

 気分の悪い喧嘩の売り方だ。老師と浩大も使って探らせ、ようやく黒幕の尻尾を掴むことができた。

「“ほかの妃が後宮に入ることを嫌がる妃”か。おもしろい噂だな」

 自嘲気味に笑う。夕鈴はそんなかわいいわがままは言ってくれない。それを思うと、無性に腹が立った。

 陛下は剣をとると、立ち上がる。

「陛下、どちらへ」

「夏家だ。この私自ら出向いて決着をつけてやろう」

 側近が青ざめていくのが視界の端に映った。





「夕鈴が元気になって本当によかったよ」

「ご心配をおかけしてすみませんでした」

 いつものように仕事を終えた陛下と夕鈴は後宮でお茶を飲んでいた。

 言葉を失っていくという少し珍しい病気にかかっていた夕鈴は医者が作った“特効薬”のおかげで元通りの生活を送れるようになった。体自体は健康であったため、薬ができてからの回復はとても速かった。

「いいんだよ。今回のことでこういう“病気”もあるんだってことが勉強になったしね」

 一瞬狼が混じったような気がしたが、小犬陛下に微笑まれると夕鈴もつられて笑顔になる。

 また、今回の件で一人の時は違うお茶を飲んでいたことがばれてしまい、陛下と飲む時と同じお茶を飲むように言われてしまった。下町と同じ味で気に入っていたのに、と残念に思ったが陛下の命令である以上、仕方のないことだった。

「やっぱり夕鈴は元気なのが一番だね」

 そう言って陛下は後ろからかかえるように抱きしめる。もう治ったのに、陛下の演技は変わらなかった。夕鈴はそのことに気付いていたが、どうしたらいいのかわからなかった。

 いつまでこのままでいられるのかな。元気になった分、余計なことを考えるようになった。それでも、と自分を包む優しい腕の持ち主を見上げる。

「なあに、夕鈴?」

「いえ、何でもありません」

 取り戻した言葉でいつか言えるといいと思う。あなたが好きです、と。


スポンサーサイト

C.O.M.M.E.N.T

No title

こんばんは。
お待ちしておりました!
ありがとうございますm(_ _)m

原作テイストの強い二人のお話、堪能させていただきました。
本編にあってもおかしくない展開ですね~
自分が書くとどうしてもダークになりがちなので、とても新鮮でした。

改めまして、リクエストにお応えいただき、ありがとうございました!

2015/11/11 (Wed) 20:55 | 野津征亨 #- | URL | 編集 | 返信

Re: No title

野津さま

こんばんは。コメントありがとうございます!
大変お待たせしてしまってすみませんでした。

キャラが違ったりしないかなとどきどきしていたので、本編にあってもおかしくないという感想をいただけてほっとしました。うれしいです。

こうして書いてみると、野津さまのようにきちんとキャラを自分のものにした上でオリジナリティあふれる物語を書かれるのは本当にすごいなあと感じました。私は原作のまねっこに終始してしまったので…

これからも遊びに行かせていただきますので、どうぞよろしくお願いします。

吉川蒼

2015/11/13 (Fri) 19:00 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

コメントの投稿

非公開コメント

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。