2015_06
28
(Sun)00:49

『清光恋々』(5)

『清光恋々』(4)の続き。







 庭から戻った千代と有馬は向かい合ってお茶を飲んでいた。にこにこと楽しそうにしている有馬とは対照的に、千代は見事な仏頂面だった。近くで様子を伺っている八重は気が気でなく、無意識に前掛けを握りしめていた。

「さっさとお引き取り願いたいものね。また居眠りでもされたら迷惑だわ」

 千代は腕を組み、強い口調で告げる。女学校の教師に見られたら、間違いなく叱られるだろう。

「私の体を気遣ってくださるなんて、本当にお優しい方だ」

 有馬は柔らかい口調で応じる。千代の眉間にしわが寄る。

「言葉の意味が分からなくなるくらい頭が使いものにならなくなっているようね。早く戻られてお休みになられてはどうかしら」

「どんなに疲れていても、千代さんの言葉であれば正確に理解できますよ」

 千代はため息をつくと湯飲みに口を付ける。緑茶の苦さがちょうどよかった。

 有馬の紡ぐ言葉は甘く優しい。そして立ち振る舞いは学校の同級生たちが語る理想そのものだった。いっそ胡散臭いほどに。

 千代は真に受けて喜ぶほど幼くはなかったが、開き直って楽しめるほどには大人ではなかった。有馬の“完璧さ”は虚しく、そして不快なだけだった。

 ただ、丁寧にたたまれた肩掛けを返された時の「ありがとう」という言葉だけは素直に受け取ることができた。その瞳の奥にある心は本物だった。
 
 この方も何か隠しているのだろうか。

 ふいに興味が湧いた。しかし、千代のすべきことはひたすらに拒否をすることだ。

「では、千代さんのご厚意に甘えて、今日は退散するとしましょう」

 有馬が席を立つ。心なしか声に力がなかった。なんとか繕ってはいたが、まだ体調が良くないのだろう。

「ええ、ごきげんよう。これからは無理にいらっしゃっていただかなくて結構ですからね」

 そんな有馬の様子がなんとなく気にかかり、いつもはしない見送りをするために千代も席を立った。





 有馬が出ていくのを見届けた千代は、しばらく玄関先でぼんやりとしていた。すると父が帰って来た。こんなに早く帰ってくるのは珍しい。
 
「お帰りなさいませ、お父様」
 
「ああ、ただいま。今日は有馬くんが来ていたな。入れ違いになったようだが。仲良くやっているか」
 
「え、ええ……」

 いきなり尋ねてくる父に、つい目をそらして曖昧な返事をしてしまう。しかし、父はそんな千代の後ろめたさを恥じらいと勘違いしたようだった。微笑ましいといった感じでうなずく。
 
「有馬くんは家格こそ木下家には劣るが、立派に働いている青年だ。私も会ってみて、こんなにいい縁は無いと感じている。有馬くんとの婚約はこのまま進めるから、お前もそのつもりでいなさい」

 父はそれだけを言うと上機嫌で自室へ向かった。

 どうしよう、結婚させられてしまう。自分の思いとは関係なく進んでいく現実を目の当たりにして千代は焦った。

 そしてあることを思いついた千代は急いで自室に戻り、筆を取った。





 数日後、千代は八重に「友人と会ってくる」とだけ言って家を出た。八重は春子と勘違いしていたようだが、あえて訂正しなかった。

 手紙で指定した甘味処で目当ての人を見つけた。向こうも千代に気付いて小さく手を振ってくれる。浅葱色の着物が似合う美人だ。

「こんにちは、忍さん」

「こんにちは、千代様」

 席に着くと、いつものあんみつを注文する。

「それで、今日はご相談があるとのことでしたが……どうされましたか?」

 伺うように首を傾げた忍の長い髪がさらりと流れる。千代はその様子に思わず見とれてしまった。しかし、すぐに気を取り直して本題を切り出す。

「前からお話ししている婚約者候補の方のことなのだけど、とうとう婚約が成立させられそうなの」

「そうなのですか」

「どうしても、嫌なの。どうしたらいいかしら」

 身を乗り出して尋ねる千代に、忍は顎に手をあてて考える。その仕草も妙に艶があった

「そうですね。相手の方に協力をお願いするのはいかがでしょう」

「有馬様に?」

「そうです。千代様のお話からすると、その有馬様はお優しい方なのでしょう? きっと千代様が一生懸命訴えたら協力してくださいますよ」

 にこやかに笑う忍とは裏腹に千代は盛大に顔をしかめた。

「今までお話してきた内容をどう曲解したら優しいなんてことになるの。あの方はただ軽薄なだけよ。いつも耳に心地のいい言葉を吐いて、へらへらしているだけだもの」

 厳しい言い様に忍の笑みが若干引きつる。その様子には気付かずに千代は続ける。

「こうしておけば女性が喜ぶだろうと思っているのが透けて見えるわ。全くお気持ちがないことが目に見えていてうれしいわけないのに。馬鹿にしているわ」

 勢いよく飛び出してくる文句に忍は驚いて何も言えなくなってしまった。

「あの方にはご自分の真の心というものが無いのではないかしらと思ってしまうわ。形だけ取り繕った言葉しか言わないのだもの。それにいくら家が上とは言え、私のような年下の娘のご機嫌取りを平気でなさって何とも思っていない風なのが腹立たしいわ。あれだけ失礼な態度を取っているのに」

「千代様……」

「でも……あの方に何かあったら心が痛む程度には、嫌いではないわ」

 数日前の青い顔の有馬が頭の片隅から離れない。

「ありがとう、忍さん。お話したらなんだかすっきりしたわ。なんだか弱気になっていたみたい。もう少しがんばってみる」

 千代は拳を握って晴れやかに笑って見せた。

「その意気です。そのほうが千代様らしいです。負けないでくださいね。何かあればいつでもお呼びください」

「ええ、ありがとう」

 それからはあんみつをつつきながら他愛もない日常の話に花を咲かせた。屋敷でのこと、学校でのこと、藍のこと。時間が経つのも忘れて笑い合った。

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C.O.M.M.E.N.T

ここまで読みました。面白いです。

気分がいいうちに今日はもう寝ます。おやすみなさい。

2015/07/26 (Sun) 21:41 | ポール・ブリッツ #0MyT0dLg | URL | 編集 | 返信

Re: タイトルなし

ポール・ブリッツさま

コメントありがとうございます。
いい気分になっていただけたようでうれしいです。
これから連載に力を入れようかと考えているので、また読みに来てくださいね。
よろしくお願いします。

吉川蒼

2015/07/27 (Mon) 20:38 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

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