2014_08
19
(Tue)20:00

コラボ企画第2弾『見えない距離感』

コラボ企画第2弾。機島様のプロットのお話です。









 ぽつんと雨粒を顔に感じた。あたりが暗くなってきていたから、なんとなく嫌な予感はしていた。視界に入る雨粒がどんどん増えていく。

 今日の装備の中に傘はない。仕方なく近くのシャッターが下りた店の軒下に入り込む。

 最寄り駅まであと10分というところで思わぬ足止めを食らってしまった。しかし、高校からの帰り道、特に急ぐ必要もない。シャッターにもたれながら空を仰ぐと、灰色の雲が勢力を伸ばしているのが見えた。

 これは当分弱まりそうにないな。

 あきらめて座り込もうとした瞬間、どこかで見たことがある制服とカバンを持った女の子がこちらをめがけて走ってくるのが視界に入った。カバンを頭の上にのせてあまり前を見ていない。

 すっころぶんじゃないだろうか。

 しかしそれはありがたくも杞憂に終わった。無事に軒下までたどり着いた彼女は、少し離れたところでぜいぜい言いながらタオル地のハンカチを取り出す。

「はあ、ついてない」

 頭以外はそれなりに被害を受けているようだった。ぶつぶつとひとりごとを言いながらハンカチで濡れたところを払うように拭いている。と、ようやく隣にいる自分に気付いたようだ。彼女の視線をまっすぐに受けて、考えるより先に声が出た。
 
「よお」

「……どうも」

 なんだこの挨拶と思いながらも、一度目が合ってしまったため無視することはできない。

「今、帰りか?」

「そう」

 それっきり向こうが目をそらしたため、会話はそれで終了した。彼女はハンカチをしまい、次はスマホを取り出していじっている。

 彼女と2人きり。それは俺に特別な緊張感をもたらすシチュエーションだった。

 しかし、内心気が気でない自分と裏腹に、ちらりと盗み見た彼女はスマホをしまうとカバンを抱えて、目の前の景色を眺めている。

 なんの表情もなく、なんの動きもなく。彼女はただただ見ているだけのようだった。

 視線を戻し、彼女にならって目の前の景色をぼうっと眺めていると、気持ちがだんだんと静まってくる。

 ざあざあという雨の音と軒先から落ちる水滴の音だけが聞こえている。目の前の人たちは少しもこちらに関心を向けない。ここは世界から隔離されている。そんなふざけた妄想が浮かんだ。

 彼女のことが意識の中から薄まりかけた頃、彼女に動きがあった。

「傘、持ってないの?」

 前を向いたままだったが、つぶやくように問いかけられた。

「まあ。今日の朝、天気予報ついてなかったしな」

「そうだね」

 会話が続かない。言い方がきつかっただろうかと反省する。せっかく向こうから話しかけてきてくれたのに、自分の瞬発力のなさに絶望する。

 こんなことではいけないと気を取り直して、こちらからも質問してみる。

「今日、部活無いのか?」

「テスト期間中だから」

「あ、そっか」

 またもや会話終了。嫌な汗が流れるような感覚がした。

 少しの沈黙の後、次に口を開いたのは彼女だった。

「誰か、お友達とか迎えに来たりする?」

「いや、適当に待って、弱くなったら走ってく」

「そう」

「そっちはどうするんだ?」

「友達が来る」

「そうか。なら、いい」

「うん」

 また、沈黙。お互いに慎重にゆっくりと言葉を紡いでも、うまく続きを織ることができない。切れ端だけがまわりにぽろぽろと転がっていく。

「あーんずー!」

 隔離された世界の外から、彼女を呼ぶ声が聞こえる。彼女の友人と思われる同じ制服を着た女の子がこちらに向かって歩いてくる。

「夏希!」

 彼女はほっとしたような顔をして、軒下から飛び出していった。彼女はなつきちゃんとやらの傘に入る。なつきちゃんは花柄の傘を差していた。彼女はその花柄の向こうに隠れてしまった。そしてその花柄さえも人ごみに紛れて見えなくなってしまった。

 彼女との雨宿りは何も言わずに終わりを告げ、俺はまたひとりになった。

 空はますます重くなり、心なしか雨も風も強まってきている気がする。その証拠に足元の乾いた範囲がじわじわと狭くなってきている。

 しばらく人の流れを眺めていたが、ふと時計を見ると、ここに来てから15分が経過しようとしていた。これ以上ここにいても仕方ない。覚悟を決めてカバンを抱え、一歩踏み出した瞬間、こちらに駆けてくる姿があった。彼女だった。

「これ、あげる」

 息が上がっている彼女が差し出したのはコンビニで買ってきたと思われるビニール傘だった。彼女も同じものを差している。

「わざわざ、わるいな。いくら?」

 財布を取り出しながら言うと、彼女は首を振る。

「いい。いらない」

「今月ケーキ1個食べられなくなるぞ」

 そう言うと彼女は一瞬黙り、しぶしぶと言った感じで値段を告げる。律儀にレシートまで見せてくれた。適当に切りあげた金額を渡し、傘を広げて歩き出す。彼女は手のひらにのった少し多めの小銭に何か言いたげだったが、結局何も言わずにしまうと後をついてきた。

 特に会話もなく進んでいく。傘と傘で隔てられた距離がそれでも気まずくならないようにしていた。ただ、俺の意識は彼女へ向かっていた。

 もう駅も目前という時、最大風速の風が吹いた。直撃をもろに受けた俺の傘はご臨終。短い命だった。俺の影になっていた彼女の傘は何とか無事だった。

 ひっくり返って無残な姿をさらす俺の傘を見て彼女が笑う。確かに笑うしかない見事な壊れっぷりだった。

「入って」

 彼女がそう言うのでありがたく入らせてもらった。しかし、身長差がある俺と彼女ではなかなかに歩きづらい。柄を握って軽く引っ張ると、察してくれたのか傘を渡してくれた。

 同じ傘の中になり、ぐっと距離は近付いたが、相変わらず無言のままだった。彼女の気配を感じる左腕だけが、落ち着かずざわついていた。

 目的地である駅に着くと、自然と距離は空いた。折りたたんだ傘を彼女に渡す。

「私、友達と勉強して帰るから」

「あんまり遅くなるなよ」

 彼女は少しだけ驚いたような表情をすると、うん、とだけ言って去っていった。





 電車の中で窓の上を流れていく水滴を眺めながら、なんとなく先ほどのやり取りを思い出していた。どうしたら彼女と仲良くなれるのだろうか。

 頭の中にもやがかかっていく。揺られながら思い出すのは、彼女、杏と初めて会った時のことだった。





 三か月ほど前、杏は俺の母に連れられてうちに来た。

「慎一、今日からうちの家族になる杏ちゃん」

「え?」

「……こんにちは」

「ほら、挨拶。話してあったでしょ」

「あ、ああ」

 叔母さん夫婦が交通事故で亡くなり、その一人娘を預かるという話だった。養子にはしないが、大学卒業までの一切の面倒を見るということらしい。うちは俺一人で経済的に余裕はあるし、何よりその子が俺と同じ高校だということで立地のことを考えても、親族間の話し合いの結果は妥当と言えた。

 俺もあと少しで大学に進学して家を出るし、そう気まずい思いをすることもないだろう、話を聞いた時はその程度の感想しか持ってなかった。

 突然家族が増えるということがどんなことか、いまいちピンと来ていなかった。まあ、なんとかなるだろう。そんな軽い気持ちが、その時の最初の一歩を間違えさせたのだ。

 友達との約束に遅れそうだった俺は、杏にろくに声もかけないまま家を飛び出してしまった。

 すれ違う一瞬、不安をためていた杏の瞳が悲しげに揺れるのが見えた気がした。それが今でも頭の片隅に残っている。

 両親は本当の娘のように接している。もともと親戚の集まりにもよく顔を出していて顔見知りである両親とはだいぶ打ち解けているようだった。しかし、俺とは最低限の会話しかしない。両親がいないところでは姿すら見ない。

 最初のあれが原因だと思うが、取り繕うこともできず、ずるずると今に至る。両親にならって兄の気持ちでいる自分としては、この距離感に結構へこんでいたりする。

 どうしたもんか。人間関係でそれほど悩んだことは無いが、杏相手だとどうしていいかわからなくなってしまう。

 まぶたが落ちてくる。緊張して疲れたのか、そのまま浅い眠りに落ちていった。最後まで電車の揺れる音と杏の顔が意識の中に残っていた。

 ふと気が付くと、最寄り駅に到着するところだった。車内が明るくなっている。
 
 降りて空を見上げると、相変わらず雲は多いがその隙間から光が差していた。どこかで鳥が鳴いている声がした。

 何だ、この別世界。

 今流行の異常気象には辟易するが、一方で杏が帰ってくる時に濡れなくてすんでよかったなどと考えていた。





 次の日、行ってきますと家のドアを開けると、まぶしい光が降り注ぐ。傘立てが視界に入ったが、これなら大丈夫だろうとそのまま家を出た。

 数時間後、その自分の行動を後悔することになる。まさかの2日連続の雨宿り。俺は昨日と同じ場所に立っていた。

 昨日と同じ雨の音と軒先から落ちる雫の音をBGMに、昨日と同じ景色をぼんやりと眺める。

 でも今日は昨日と少し違った。チェック柄の傘、紺色のブレザーの制服、ポニーテール、それらが見えるたびに反応してしまう。自分でも特定の人物を探している自覚はあった。

 しかし、いつまでもここは隔離された世界。誰もやってこないどころか、感心すら持たれない。

 昨日の妄想を思い浮かべると、まわりを気にせずに好きなだけ眺め続けることができた。

 そうしているうちにあたりは暗くなっていき、雨も小降りになってきた。雲が薄くなってきている。

 まあ、これくらいなら濡れて帰るか。

 何かを期待していた自分を恥ずかしく思いながら、カバンを抱えて一歩踏み出す。そもそも同じ時間帯に帰ることすら奇跡だ。昨日が特殊だったんだ。

 何に対する言い訳なのか強がりなのかよくわからないまま、ぐるぐると考えながら歩く。昨日は、本当にチャンスだったんだ。俺は、またひとつ後悔を抱えることになった。

 顔にかかる雨粒がうっとうしくてうつむき加減で歩いていると、隣に同じ歩調で歩く靴が視界の端に見えた。

 まさかと思いながら視線を上げると、杏がいた。彼女のチェック柄の傘が俺の頭上にも伸びていた。

「サンキュ」

 飛び跳ねる心臓を抑えてそれだけ言うと、杏は俺が気付いたことに気付いて顔を上げる。すぐそらされたが、その顔は照れているように見えた。

 昨日と同じように柄を持って、彼女から傘を受け取る。不自然にならない程度に彼女のほうに傾ける。

 そのまま並んで歩いていると、杏が口を開いた。

「今日も、傘持ってないの? 午後の降水確率90%って言ってたよ」

「眠くて天気予報よく聞いてなかった。朝晴れてたし、いいかと思って」

「適当だね」

「まあ、濡れたところで風邪ひかないし。馬鹿だから」

「なにそれ」

 彼女がくすりと笑った気配がした。なんとなく、踏み出すなら今だと思った。

「なあ」

「なに」

「お兄ちゃんって呼んでみない?」

 いきなりぶつけてみた爆弾に杏は目を見開く。言葉を失っているという表現がぴったりだった。初めて見る顔だと思い、なんだか愉快な気持ちになった。

「い、や」

 平静を取り戻した杏は眉間にしわを寄せて、強い口調できっぱり断った。少しくだけた様子にほっとした。

「なんで? 俺のひそかな夢だったんだけど」

「お兄ちゃんじゃないじゃん」

「お兄ちゃんだろ」

「違う」

「プリーズコールミーお兄ちゃん!」

「のー」

「なあ」

「やだ」

 頑なに拒否される。若干、いやかなりショックだった。意を決して言ったのに完全拒否。無理したのにすべると大ダメージだ。

「・・・・・・ないじゃん」

「え?」

「そっちだって呼ばないじゃん」

 落ち込みかけた俺に届いた杏の声は、拗ねたような響きを帯びていた。彼女の言葉を頭の中でリピートする。ああ、つまり、なんだ、そういうことか。
 
「杏はかわいいな」

 自然に口をついて出た言葉だったが、ぐりんと勢いよくこちらを向いた杏は宇宙人でも見るような目をしている。今日は初めての顔がたくさん見られる。記憶の中の悲しげな顔がどんどんと奥に追いやられる気がした。しかし、呼び捨てで名前を呼んだことがそんなにいけなかっただろうか。

 杏の向こうに、虹が出ていているのが見えた。大きくて立派な虹だった。きらきらと光ってとてもきれいな虹だった。もう雨も止んでいる。しかし、杏はまだ気付いていないようだった。

 なら、もう少しだけ。

 俺は傘を傾けると、杏の見える範囲を狭くする。

「し、慎一くんのばかっ!」

 杏は真っ赤になって振り絞りようにそれだけ言った。しかし、離れていく素振りはない。隣で、同じ場所に向かって、同じペースで歩いている。

「まあ、そう言わずに。仲良くしようよ」

 なっと言うと、返事の代わりに腕をばしっと叩かれた。結構な勢いでそれなりに痛かった。

 でも、俺は笑った。杏も笑っていた。虹なんかよりもっとずっときれいな笑顔だった。

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2014/08/19 (Tue) 20:47 | # | | 編集 | 返信

Re: NoTitle

鍵さま


こんばんは。よろこんでいただけてうれしいです。
ねじれた解釈、うまく引っかかっていただきありがとうございます。

慎一くんは最初もうちょっと暗めな子だったのですが、最後のほうで「プリーズコールミーお兄ちゃん!」と言い出したがために遡って修正する羽目になりました、という裏話があるのはここだけのお話です。

設定で結構重いテーマを取り上げてしまったので、この話は柔らかく書こうと努めました。それが出ているようでよかったです。

ではではまた明日!

2014/08/19 (Tue) 21:00 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

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