2014_08
03
(Sun)23:20

『fighters sideT』

『fighters』の谷原視点。








「あれ、後藤くん禁煙したんじゃなかった?」

 休憩時間になり、喫煙所へ行くと隣の部署の後藤の姿があった。

「あ、谷原さんも知ってたんすか。いやあ、あきらめましたよ。まるちゃんにもやめろって怒られてるんですけど」

 子供が生まれたのをきっかけに禁煙に取り組んでいるという話だった。後輩の女の子にも厳しく言われているという噂だ。

「丸山さんてやっぱそういう感じなの?」

 煙を細く吐き出す。忌み嫌われる有害物質は空気に溶けて消えていった。

「まるちゃん? そうですよ。クソ真面目なめっちゃいい子」

 すごくうれしそうなその反応が意外だった。お調子者の後藤と噂で聞く彼女とはタイプが正反対に見える。そんな風に仲がいいとは思わなかった。

「なに、谷原さんうちの子狙ってるんすか?」

 後藤は灰を落としながら、にやにやとうっとうしくこちらを見てくる。

「いや、単純に気になって。定例会でいつも変な顔してるし、どんな子かと」

「ああ、あれは課長にいらついてるだけですよ。あの子、すぐ顔に出るんで」

 そう言う後藤の顔は、まるで娘を見守る父親のようだった。

「まるちゃん、なんでも真面目に付き合うんです……それでちょっとあぶなかっしいとこがあって」

「なるほどね」

 少し、彼女が見えた気がする。誰もが流すあの課長の発言も、彼女はいちいち受け止めていると言うことか。なんと優しい。そして無駄だ。

「よかったら谷原さんも飲みにでも連れてってあげてください。ガス抜きしてやらんとあの子ひとりでぐるぐる悩むんですよ。最近俺ら忙しくて難しいんで……谷原さん、独り身だからちょうどいいでしょ」

 睨んでやると、後藤は思ってもいないくせに怖がったふりをする。

「まあ、考えておくよ」

 煙の行方を眺めながら、適当に相槌を打つ。

「よろしくお願いします」

 別に自分にそうする義理は無かったが、後藤の声が真剣だったからその約束は頭に残った。





 約束を果たす機会は意外と早くやってきた。例の会議の後、自販機コーナーに休憩に行ったら一人でいる彼女の姿が見えた。

「疲れた……」

 盛大なため息とともに、暗い声がこぼれる。

「お疲れさま」

 どう聞いても完全にひとりごとだったが、ちょっとしたいたずら心で返事をしてみた。予想していたより慌てていて、カップを落としそうになっている。

「ごめん。俺、驚かせちゃったみたいだね」

 ナイスなリアクションに笑いがこらえきれない。

「いえ、大丈夫です。お疲れさまです」

 目を合わせてくれない。笑いすぎたか。
 
 適当に買ったブラックコーヒーを持って、彼女のななめ向かいに腰を下ろす。
 
「今日も大変だったね、会議」

「他の部署の方にまでご迷惑をおかけして申し訳ないです」

 怒っている。本当にわかりやすい。

「まあ、あの人はずっとあんな感じだから。丸山さんたちが気にすることじゃないよ」

 あの人の無能さは、本部共通の認識だからという言葉は飲み込んだ。

「中身が無くて長い会議ほど辛いものはないね」

「そうですよね。いつも要点だけにしてくださいと言ってはいるのですが」

 気が緩んでいるのか、もともとなのかは判断が付かないが、すらすらとはっきりとした言葉が出てくる。これは後藤たちに相当甘やかされている。

「ホント、困ったもんだよね。うちの部内でもさんざんに言われてるよ。助けてあげられなくてごめんね」

 ここで彼女を叱ってもしょうがないので、同調してやる。すると彼女が一瞬、息を詰める。

「……先輩たちも、谷原さんも大人ですね」

 なんだか泣き出しそうな、弱々しい声だった。

「まあ、歳の分かな。でも、酒入ると、後藤くんたちも結構ぼろくそに言ってたりするよ」

「確かに。飲んだ時はみなさん結構辛辣ですよね」

 その時、ふと後藤の例の言葉が頭の中をよぎった。

「最近、飲みに行ったりしてる? ちゃんと発散してる?」

「いえ、みなさんご家庭があるので……」

「よし、じゃあ俺と飲みに行こうか。俺フリーだし、気兼ねするような相手じゃないから都合いいと思うよ。今日はもう上がれそう?」

 言ってしまってから自分の失言に気付いた。フリーだなんて今言う必要のないことまで口走ってしまった。

「最低限のことだけであれば、あと30分で片付けられると思います」

 幸い彼女は気付いた様子もなく、真面目にそろばんをはじいてくれた。

「そう。ちなみに食べ物は何が好き?」

「お魚です」

 それなら駅すぐのあの店か。自分の飲み屋リストから候補を選びだす。

「了解。いい店知ってるから、紹介するよ。念のために連絡先教えてくれる?」

「はい。えっと、090......」

 こんな無理矢理な展開をあっさりと承諾する彼女に、あぶなっかしいという後藤の言葉が分かった気がする。仕事の延長だとでも思ってるんだろうな。

「さて、そろそろ仕事に戻ろうか。ご飯の話したらお腹すいてきた。とっとと終わらせて早く行こう」

 立ち上がると、カップをゴミ箱に入れる。

「じゃあ、またあとで」

「はい。よろしくお願いします」

 思いっきり頭を下げる彼女につい真面目だなあと言ってしまう。彼女がこちらを見ていなくて助かった。緩んだ顔をしている自覚があった。

 なぜか、後輩に頼まれただけの、ただの後輩との飲み会を楽しみに思う自分がいた。

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