2014_06
05
(Thu)23:27

『りんごと君と』

りんごを食べる二人の話。








「はい、できたよ」

 どう? とずっと私の手元を見守っていた彼に見せる。今回は自分でもかなりうまくいったと思う。

「うん、だいぶ上達したね」

 皿に盛られたりんごをいろんな角度から見て、そう評価を下した。ただ食べやすいように普通に切り分けただけなのだけど、少し前までそれさえもできなかった自分からすると普通レベルになっただけでも大きな進歩だ。

「お褒めに預かり光栄です」
 
「うむ。苦しゅうない」

 ふたりして頭を下げ合う。そして同時に噴き出す。何をやっているのか、おかしくてしょうがなかった。笑いがおさまったころ、私はひとつをつまんで彼に差し出す。

「なに? 今日は食べさせてくれるの?」

「そうだよ。褒めてくれたからサービス」

 口元に近付けると、彼がぱくっと食いつく。

 半分だけかじって、半分は私の手の中に残った。私はその半分を自分の口に入れる。

 少しの間、しゃりしゃりという音だけが響いていた。

「この前のより、おいしいね」

 飲み込んだ彼がにっこりと笑う。

「だって、私が食べさせてあげたんだもの」

「そうだね。ありがとう、おいしくしてくれて」

 思い切って言った私の冗談は、いつもの本気か冗談かわからない調子で返される。読めない笑顔がまぶしすぎる。

「……会社の人がりんご狩りのおみやげでくれたやつなの」

 なんだか耐えきれずに、あっさり本当のことを白状してしまった。

 まあそうだよね、と彼が笑う。

 なんとなく悔しい気持ちはあるけれど、またひとつ差し出す。

 彼が半分をかじり、私はその残りを食べる。

 食べ終わったころを見計らってまたひとつ差し出す。

 すると、彼はゆっくりと首を横に振った。

「ごめんね?」

 申し訳なさそうな顔をしながらも、きっぱりと拒絶の意思を示す。

「もういらないの?」

 一瞬の、間。

 彼の顔を見て、しまったと思った。自分の迂闊さに腹が立つ。

 少し困ったように笑っている。そんな顔させるつもりなかった。

 私は差し出したりんごを皿に戻す。

 何も言葉が出てこなくてそのまま見つめていたら彼の顔がぼやけてきた。これはまずい。

「ごめん、ちょっとトイレ」

 私はバレバレの嘘をついて逃げるように病室を出て行った。

 

 

「入院しなきゃいけなくなったんだ」

 それはプロポーズされるかもと期待したデートの帰り道のことだった。話があるなんていうから、どきどきしていたらとんだサプライズだった。

 彼は前を向いたままいつもの調子で続けていた。困っちゃうよね、なんて笑いながら。
 
「どこが悪いの?」

「心臓だって。まさかのね」

 彼が自分の左胸をとん、とさしながら答える。

 彼は私を見ない。体の中がすっと冷えていくような気がした。すでに頭の中は真っ白だった。

「どうなるの? 治るよね?」

 今思えばとても残酷な質問だったと思う。

「んー…俺の運と努力しだいってところかな」

 嘘もごまかしもない、正直な言葉だった。普段滅多に弱みを見せない彼なのに、この時の声には暗い色がにじんでいた。
 
 ショックだった。そんな彼は見たことが無かった。その時は詳しいことはわからなかったが、事の重大さだけは悟った。

 その日はそれ以上何も言えず、家に帰った。家の前で別れる時、彼はごめんねとだけ言った。

 手を振ってくれた彼は、笑顔だった。

 私は部屋に入ると思いっきり泣いた。なんで彼なんだろう。なんでもっとちゃんと答えられなかったんだろう。彼はどうして笑ってるんだろう。

 怒りと後悔と、はっきりと名前がつかない感情がごちゃまぜで、自分でも何が何だかよくわからなかった。
 
 その日は一晩中泣いた。

 彼は意地っ張りで強がりで、でもそれを悟らせない余裕を見せることができて、優しい人だ。私はそんな彼にずっと甘やかされてきた。

 それをよくわかってるから、泣き明かした後、これからは自分のことだけはしっかりしようと決めた。

 彼に心配かけないように。彼が自分のことにだけ集中できるように。

 ……なのに、また、これだ。

 食べられない彼を責めて、勝手に自己嫌悪にはまって泣いて、彼に余計な心配をかけている。

 だめすぎて、自分が嫌になる。

 ふと顔をあげると、鏡の中の自分はまだ目が濡れていて情けない顔をしている。

「早く、戻らなきゃ……」

 ぺちぺちと頬をたたく。そのままつまんで左右に引っ張り無理やり笑顔を作る。

 大丈夫、大丈夫……

 よし、戻ろう。一緒に闘い抜くんだ。





「はい、できた」

 いつも通り、どう? と見せる。今回のはかなりうまくいったと思う。

 机の上の写真からの返事は当然ない。優しい風が頬を撫でるだけだった。少し前まではその事実に胸を刺す鈍い痛みがあったけれど、もう慣れた。

「もう、1年……か」

 そろそろ迎えにきてくれてもいいと思うんだけど。少し前にお別れした相方は、雲の上でのんびりしているらしい。

「まさか君のほうが先にいくなんてね」

 こんなことになるなんて思いもしなかった。いつかは俺のほうが死の近くにいたのに。人生は何が起きるか本当にわからない。

「ねえ、俺がからかってばっかりだったから、迎えにきてくれないの?」

 写真立てをこつんとはじく。君はのんきに笑っている。

「お父さーん。夕飯準備できたよー」

 久しぶりに帰ってきた娘が呼んでいる。かわいい孫の呼ぶ声も聞こえる。返事をして、ゆっくりと立ち上がる。

「まあ、気長に待ってるけど、早く来てくれたらうれしい。もうあちこち痛くてかなわないんだよ」

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NoTitle

こんばんわ
りんごの甘酢っぱさと人生のほろ苦さを感じました。
人生何があるか分からないからこそ悔いなく生きたいなと思いました。

2015/04/01 (Wed) 22:11 | ネリム #IP/sRWwE | URL | 編集 | 返信

Re: NoTitle

ネリムさま


こんばんは。コメントありがとうございます。
一生懸命生きる、それがこの話のテーマなので伝わっているようでうれしいです。
彼女と彼は精一杯生きました。その様子は『りんごうさぎと君と』やうちの子たちのバレンタインで見ていただけますので、そちらもぜひご覧になってくださいね。

今後もよろしくお願いします。

2015/04/05 (Sun) 20:56 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

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