2014_03
02
(Sun)13:41

『清光恋々』(1)

華族令嬢と婚約者候補の話。






 時は明治。

 急速に発展する時代の中で、一人の男が世間を賑わせていた。


 『義賊 藍』


 藍染の着物をまとい、金持ちの屋敷から金品を盗み出し、貧しき者に分け与える。その所業は毎度新聞に大きく取り上げられ、お偉方には怒りを、市民には希望を与えている。

 特に『藍』は長身の美男子であるという噂がまことしやかに流れているため、女学生の間で話題に上らない日は無い。

「ねえ、千代さん。千代さんは藍様に関する秘密の情報、お聞きになりたいかしら?」

 放課後、同級生であり、親友である春子に小声でそう切り出された。

「! もちろんよ、春子さん。教えてくださる?」

 身を乗り出してそう答えると、待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせ、千代の耳元で囁く。

「藍様はね、高貴な身分のお方ではないかという話よ。なんでも被害に遭われて実際にお姿を見た方が、『あれは下賤の者ではない。態度も言葉も悪くしているが、立ち振る舞いに隠せない気品があった』と証言なさっているそうよ」

「……へえ、そのお話は初めて聞いたわ。どなたから教えていただいたの?」

「佐吉がね、車の中でお父様とお兄様がそう話していたとこっそり教えてくれたのよ」

 春子の父と兄は警察関係者だ。信頼できる情報の出どころだと言える。

「春子さん、ありがとう。誰にも言わないから安心してね」

「もちろんわかっているわ。千代さんだからお話ししたのよ」

 そうしてお互いにくすりと笑う。こうして使用人を使って情報収集して、泥棒の噂話に花を咲かせているなど、はしたないと非難されてしかるべきことであるが、好奇心は止められない。

 千代は藍の信念を貫く姿を立派だと思っている。春子はどちらかというと容姿のほうに興味が傾いているようだが、それでも親友2人でこっそりと巷の英雄について盛り上がるのはとても楽しかった。

「あ、そろそろ帰らないと。春子さん、今日はいい話を聞かせてくださってありがとう」

「もう帰ってしまうの? まだおしゃべりしていたかったのに」

「ごめんなさい。今日は早く帰るようにとお父様に言われているの」

「もしかして、あの方がいらっしゃるの?」

「そうよ」

「千代さん、お顔が……その、正直ね」

 不機嫌を隠さない千代に春子は苦笑いする。

「いいじゃない。あの方のお相手をするのは神経が磨り減るのよ。はあ。では、また明日」

 ごきげんよう、と手を振る春子に応え、門で待たせている俥に向かった。





「ただいま戻りました」

 おかえりなさいませ、と女中の八重が出迎える。手にしていた荷物を渡すと、その奥に苦手とする人物の姿が見えた。

「やあ、千代さん。おかえりなさい。お邪魔しています。今日もお美しいですね」

 洋装で歯の浮くようなセリフを繰り出す男に思わず顔が引きつる。千代の婚約者候補の有馬高行だ。

「まあ、有馬様。ご機嫌麗しゅう。ゆっくりしてらしてね。それでは、失礼いたします」

 わざとらしくにっこりと挨拶だけして早々に自室に引き上げようとする千代を、八重が慌てて引き留めようとする。

「千代様。今日は舶来のお菓子をお持ちいただいたのです。ぜひ、ご一緒に、召し上がってください」

 有馬はさして気にした風もなく、にこにこと千代と八重のやり取りを眺めている。

 千代は名のある華族の末娘だ。家督を継ぐ兄は既に父を事業の手伝いをしており、その次の兄もそれに倣っている。2人の姉もすでにそれぞれに良い縁があって嫁いでおり、千代の家は安泰と言えた。それ故に両親も千代には甘く、婚約者には千代の気に入る相手を、とこうして正式決定の前に引き合わせているのだ。

「またの機会にするわ、八重。貴方、こうして頻繁にうちにおいでになったりして、お仕事の方は大丈夫ですの?」

「ご心配ありがとうございます。私の仕事を気にしてくださるなんて、千代さんはやはりお優しくていらっしゃる。もちろん、仕事は全て終わらせてきています。貴女にお会いする時間をつくるために、寝る間を惜しんで働いているのですよ」

 愛想のない千代の言葉に、有馬はさらりと答える。

「次から次へとよく舌が回ること。毎度感心するわ」

「千代さんへの愛ならいくらでも」

「心にもないことをよくすらすらと言えるわね。それでは、信用を失うわよ」

「それは困りますね。千代さんの信用だけは失くしたくない」

 千代は無言で盛大にため息を吐く。やはりこの男は苦手だ。飄々としていて、真の言葉を話そうとしない。

「いくら華族の娘だからといって無理して機嫌をとらなくてもいいのよ。貴方くらいの方であればほかに良いご縁もたくさんあるでしょう。もう少し信念をお持ちになったほうがいいと思うわ……藍様のようにね」

 そして千代は今度こそ自室に引き上げてしまった。

 有馬はおろおろしている八重に、今日も振られてしまいました、と肩を竦めて見せる。

 内心ではほっとしていた。あのお嬢様は本当に純粋でまっすぐな方だ。その気質は個人的にとても好ましく思ってい る。しかし、自分のような汚い男には似合わないこともわかっている。何としてもこの婚約は成立させてはいけない。



 義賊の自分に夢を見ているだけならいいが、自分の道に彼女を巻き込むことがあってはならない。絶対に。



 楚々として家の中で控えているだけの女性であれば、それなりの楽しみを与えて閉じ込めておけばよい。しかし彼女はそうではない。必ず有馬の領分にまで入り込んでくる。

 今日も軽薄な男の仮面を被って千代に嫌われることができたことに安堵し、屋敷を後にする。手にしてはいけない光に、少しだけ心を残しつつ。

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C.O.M.M.E.N.T

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