2014_05
11
(Sun)21:02

『清光恋々』(3)

清光恋々2の続きです。








「やあ、おかえり。高行」

 『裏』の仕事を終え、部屋に戻った有馬を出迎えたのは、やたらと派手に着飾った幼馴染だった。カーテンの隙間から差し込んだ月の光で、珊瑚のついたべっこうのかんざしと紅牡丹の振袖が見て取れた。

「忍。お前はまたそんな格好をしているのか。というか勝手に俺の部屋に入るなよ」

 有馬はため息をつきながら灯を点けると、『藍』の衣装を解き始める。

「いいじゃないか。私の唯一の楽しみなんだ」

 忍が近寄ってきて手を伸ばすが、有馬は鬱陶しいと言わんばかりに、無言でそれを払いのける。

「相変わらず、つれないな。残念」

 口ではそう言いながらも、特に気にした風でもなく、くすくすと笑う。有馬の眉間のしわが一層深くなる。

 忍は、有馬家に協力する家の人間だった。歳も近いことから、昔からなんだかんだと一緒にいる。他人を気にしない飄々とした性格で、有馬はいらいらさせられることが多かった。密かに千代に接する際の参考にしているくらいだ。

 迷惑な客は近くにあった椅子に腰かけると、長い髪をいじりながら鼻歌のようなものを歌っている。大概自由だ。

「今日はこんな時間に何の用だ。用が無いならさっさと帰れよ」

 部屋着になった有馬は、椅子に腰かけて『表』の仕事の書類を手に取る。朝までに片付けなければならないものがまだ少し残っていた。

「もちろん。用があるから来たんだ。君のご婚約者様についてだよ」

 思いがけず千代の話題が出て、有馬は一瞬書類をめくる手を止めてしまった。

「随分と熱心に通っているそうだな。仕事を無理矢理終わらせて、菓子やら小間物やらを持って、いそいそと出かけて行くらしいじゃないか」

 お菊が楽しそうに話してくれたぞ、と忍は笑う。

「断られに行ってるんだよ。木下のお嬢様は、そういう男が嫌いなんだ」

 嘘は言っていない。なぜか心の中で言い訳をしながら、有馬は答えた。

「へえ。変わったお嬢様だね。普通、あの年頃のお嬢さんがそんなことされたら喜びそうなものだけど」

「千代さんは普通のお嬢さんとは違うんだよ」

 口に出してしまってから、後悔した。この言い方ではまるで千代の肩を持っているようではないか。何の感情もない男の言葉として適切だっただろうか。

 案の定、忍はからかうような顔付きになった。

「おやおや。もしかして、お嬢さんのこと実は気に入っているんじゃないか」

「……そんなことはない。俺は、結婚相手は今まで通り、“内”から選ぶべきだと思っている」

 有馬家を中心とした実行部隊の家々の“内”の中から。

「君のお父上も何を考えているんだろうね。わざわざ“外”のお嬢さんを宛がうなんて」

「さあ。父上の考えていることなんていつもわからない」

 『藍』になることも、千代の婚約者候補となることも父が決めて、指示したことだ。

 幼いころから何につけてもそうだったため、説明なしで突然渦中に放り込まれることには慣れていたが、疑問は抱いていた。意図が見えなすぎる。

 しかし、父にそれを問うことはできなかった。許されないからだ。それも昔からだった。

 本当に勝手な人だ。自分が常に正しいと思っていて、権力だけが大事で、他人のことなど全く気に留めない。自分の思い通りに人が動くのが当たり前だと思っている。

 婚約を成立させないようにするのはそんな父への抵抗の意味もあった。

 忍が突然ぽんと手を打った。

「そうだ。手こずっているなら、私が木下家に乗り込んでやろうか。高行様は私のものよ! って」

 忍の声に暗い方へ沈みそうになっていた意識が呼び戻される。忍も難しい顔をして考え込んでいるから自分と同じ思考に入っているのかと思ったら、どうやらそうではなかったようだ。

「気持ち悪い声を出すな。そういう有馬家の品格を落とすような真似は避けたい」

「あっそ。じゃあ自力で早いとこなんとかしてくれよ、若様」

「わかってる」

「よろしく頼むよ、ホント。じゃあ、帰るわ」

 そう言って窓のほうへ向かう。帰るつもりのようだ。

「お前、まさか本当にそれだけ言いにきたのか」

「そのまさかだよ。私だって関係ない女の子を巻き込むのは心が痛む……さっさとあのお嬢さんは逃がしてやってほしいんだ」

 そう言うと、窓を開けて飛び降りた。わずかに草を揺らす音が聞こえたが、すぐに静寂が戻った。

 よくあの格好で動き回れるな、といつも感心する。自分もそれなりに動ける方だが、さすがに忍のように女装して動き回ることはできない。やったこともないし、やるつもりもないが。

 有馬家に仕える柳沢家嫡男、柳沢忍。表の顔は呉服屋の跡取り、裏の顔は情報屋。

 なぜ、忍が千代のことを気にかけるのか。あの口振りはまるで知り合いみたいではないか。自分が知らないだけで、あの2人には接点があるのか。

 手元に書類に目を戻すものの、内容が頭に入ってこない。結局朝までかかることになってしまった。

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C.O.M.M.E.N.T

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