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2016_12
04
(Sun)14:05

『追想。さらに、遠く』

『月下煌輝譚』企画に投稿した『追想』の前日譚。
全く独立した話のため、本編未読でも問題ありませんが、読んでいただいたほうがより楽しめるかと思います。

簪の化身・鈴にかけられた『呪い』のお話であり、巫女・千羽と従者・真智の悲しい恋の物語です。

※流血表現あり。苦手な方はご注意ください。







 鬱蒼と茂る木々の合間に、わずかにそれとわかるように伸びる道。ゆるやかな傾斜があるそこを、真智(まち)は額に浮いた汗を拭いながら、地面を踏みしめて登っていく。

 急がなければあの方をお待たせしてしまう。逸る気持ちが彼女を焦らせる。

 日は既に真上に到達しようとしていた。普段であればとっくに社(やしろ)にいて、食事の用意をしている時間だった。

 荷を持っていない方の腕の袖を鼻に近付けると、日の光を浴びた干し草のような匂いがした。これならば迷惑をかけないはずだ。

 今日は村から出ようとしたところで戦から帰ってきた男たちに行きあってしまったせいで、いつもより身支度に時間がかかってしまった。煙と血の臭いにまみれた彼らと目を合わせれば穢れが移り、その状態では巫女様の社に行くことはできなくなってしまう。

 人の死は最も忌み嫌うもの。幼い頃からおばばに幾度となく教えられてきたことだった。そのため、水を浴び、衣を替え、食料もすべて違うものにかえて出てきたのであった。

 今は野菜と土の匂いに包まれている。真智のまわりには秋に向かう自然の気配だけが漂っていた。

 道の右手に真智の腰までの大きさの岩が埋まっている場所を過ぎると、いくつもの細い光に照らされた、苔生す小さな社が現れた。すっかり日の昇りきった明るい中ではその緑が一層濃く鮮やかに見える。

 誰も手入れをしなくなってどれくらい経つだろうか。来るたびに突きつけられる現実に、真智の胸は毎回のように痛む。
ここへの村人の関心が無くなって久しい。この場所も、ここにあったはずの人の心も、静かに滅びへ向かっていっている。

 すべりの悪くなった社の戸を力を込めて開けると、腰まである長い髪を無造作に放り出して寝転がっている人物が見えた。白い小袖と緋袴から覗く細い手足は消えてしまいそうなほどに透き通っている。その人は真智の訪れに身を起こすと、ぱっと顔を輝かせ、乱れた長い髪の一房を差し出した。

「待ちくたびれたぞ、真智。早う髪を結うてくれ」

 黒曜石を思わせる瞳に、すっと通った鼻、紅を引いたように艶やかな唇。誰もが羨むであろう美しさを備えた人の幼い口ぶりに真智は顔をしかめた。

「今日は何をなさっていたのですか、千羽(ちはね)様」

 真智は持ってきた野菜や米を下ろしながら、ため息交じりに問うた。

「川で泳いだのだ」

 急かすように髪を差し出す千羽に、真智はもうひとつため息をつく。そして、棚から櫛と紐と鬼灯の簪を取り出し、千羽の後ろに膝をついた。

「真智が嫌がると思って乾かしておいたぞ」

 得意気な声で振り返ろうとする千羽を制止し、その髪に櫛をいれた。

「動かないでください。というか気にすべきところはそこではありません。風邪を引きますよ。最近急に寒くなる時があるのですから」

 夜の闇の色をした滑らかな千羽の髪の先まで丁寧に整えていく。

「それに、誰かに見られたらどうするのですか」

 絞り出すような言葉と同時に止まった真智の手に、千羽が自らのそれをそっと重ねた。

「問題はないぞ。私が巫女だとは誰も思わぬ。おばばとそなた以外、顔も名も知らぬのだから」

 それに、と続ける。

「男が巫女だなんて、思い付きもしないだろ」

 振り返って艶然と微笑む千羽に、真智は唇を噛みしめ、再び手を動かし始めた。

 千羽は年を追うごとにその美しさを増していく。それは神聖なようでいて、罪のようでもあり、千羽の命を削っているのではないかと思うことがあった。

「焼けた臭いがするのう」

 しばらくおとなしくしていた千羽が、鼻をひくつかせて低い声で告げた。

「申し訳ありません。気を付けていたのですが」

「構わぬ。どうせ避けられんだろう」

 もはや村中に漂い、染みついた戦の気配。真智が何も言わずとも、森で暮らす千羽にも伝わっていた。

 遠くに見える赤い空、漂う灰の香り、いつからか消えていった社の外で祈りをささげる村人の気配。岩が山の斜面を転がり始めたように、人の力では止められない何かが動いているようだった。

「戦火が近い、か」

「はい。村の男たちも家主以外はほとんどが駆り出されているような状況です。今は何とか勝っているようですが」

 村の熱狂から身を置いている真智には愚かな行為にしか思えなかった。

「こんな小さな村など、すぐに火の海だろう」

 ぽつりとつぶやいた千羽の声が伝わったように、社の外でざわざわと木が鳴る。いつからか獣の声や姿も消えた森には不気味な静けさだけが残っていた。

「……その前に、人でないものによって災いがもたらされるかもしれん」

「え?」

 訝しんで手を止めた真智を無視して千羽が立ち上がると、編み終わった髪が真智の手からするりと抜けていった。

「どれ、ちと見てみるか。真智、簪は挿さんでよいから『寝床』を用意せい」

 千羽は思いきり伸びをして、わずかに微笑んだ。

「わかりました。少しお待ちください」

 真智は櫛を片付け、千羽の『寝床』の用意を始めた。大きな白い布を敷き、いくつかの勾玉をまわりに配置する。

「日が落ちる前に起こせ」

 用意ができるやいなや、千羽は真っ白な布の上に仰向けに寝転んだ。編まれた長い黒髪が四方に散らばり、紋様のようになる。目を閉じると、呼吸が一気に小さくなった。

 真智は突っ立ったまま、終始どこか遠い世界を眺めるように見つめていたが、千羽の気配が小さくなるとそっと社を後にした。
千羽は夢で異なる時を視る巫女だった。


 社に続く炊事場で、真智は野菜を切っていた。眠ってからの千羽は大体同じ時間で目を覚まし、すぐに「腹が減った」と言い出すものだから、眠ったら食事の用意をするのが常となっていた。

 本当はひと時も目を離していたくはなかったけれど、食べるものが無いと知った時の千羽の落ち込みぶりを考えると、離れて準備をせざるを得なかった。

 近頃、千羽はよく動くようになった。今日のように川で泳いでみたり、森の中を歩きまわってみたり、とにかく疲れることをするのだ。

 毎度、けがをしたり具合が悪くなったりしたらどうするのか、人に見られたらどうするのか、と真智は諫めるのだが、千羽は決してやめようとはしない。

 それらはすべて、より深く眠るためだということを真智は知っている。ある時から千羽の『夢』を見る回数が増えていた。一日に二度も眠ることもある。

 ざくりと、葉を切る音だけが響く。何も聞こえなくなったのはいつからだろうか。

 まだ、おばばがここに来ることができていた頃は、鳥や獣の声はもちろん、祈りの声や村人同士が言葉を交わす声が響き、たまに社の修繕を行う音が響いていたりして、ずっと賑やかだった。

 社の中でそれらに耳を傾けていた千羽も、答えられずとも嬉しそうにただ穏やかに笑っていた。

 今はもう、見ることのできない光景だ。

 音が消えた分、余計なことを考えるようになった、と真智は思った。彼は巫女として、森の社で一人暮らし、『夢』を見る。常人では越えられない時の壁を抜けて、過ぎた時や今より先を知る。そして、人々の祈りによって得た力で不思議な術を操り、見たことも、言葉を交わしたことも無い村の者たちを、ひっそりと彼らの知らない『何か』から守ってきた。腹の中で死んでしまった彼の姉のかわりに。

 しかし、こうなった今、何の意味があるのだろう。真智は疑問を抱かずにはいられなかった。

 ふわりと腹を刺激する香りが漂ってきた。考え事をしながら作っていた汁が良い具合にできあがっていた。

 思わぬ時間が経っていたと真智は慌てて膳の用意をすると、社へと戻っていった。

「千羽様」

 真智は食事を端に置いて、千羽を揺り動かした。すでに浅い眠りになっていたから、起こしてもいい頃合いのはずだった。

 ゆっくりと瞼が開き、焦点の合わない瞳に真智が映った。何かを言っているように口を開け閉めするが、音にならない。

「千羽様?」

 もう一度強く揺り動かしながら問いかけると、びくりと反応する。数回まばたきをするうちに目に光が戻ってくる。

「ま、ち?」

「はい、千羽様。おはようございます。もうすぐ日が暮れます」

 真智は身を起こそうとする千羽の背に手を当てて助ける。その体はひどく冷たくなっていた。

 千羽は片膝を立てた状態で、大きな手のひらで顔を覆っている。常とは違う疲弊した姿に真智の体もこわばる。

 長いようでいて短い時間の後、ゆっくりと真智のほうを振り返った。

「真智、腹が減った」

 その言葉に真智は詰めていた息を吐き出した。


「しばらくここへは来なくてよいぞ」

 食事を終えた途端、千羽がそう告げた。目の前で待機していた真智が何かを言おうとしたのを遮るように千羽が続ける。

「何かがこちらへ向かっているのだ」

「戦、ですか?」

「いや、人でないような気がするのう。何かはまだ見極められんが」

 顎に手を当てて考え込む仕草をする千羽に、真智は言いようの無い不安を感じた。

「いつまでですか。食事はどうされるのですか」

「三日でよい。だから、保存してあるもので十分だろう」

 一瞬まとった暗い雰囲気を打ち消すように笑う千羽とは対照的に、真智は俯き、暗く沈んだ顔をしていた。

「……ぜ」

「ん?」

 顔を上げた真智はすがるような目をしていた。

「なぜ、あなたが、」

「なぜ? 私は巫女だぞ」

 真智の言葉の先をわかって、それを否定するように千羽が笑った。

「千羽様」

「言うな。私は強いままでいたい」

 困ったように笑う千羽に、真智は泣きたくなった。二人の間に沈黙が落ちる。

「……これまでと違う、嫌な感じがするのです」

 自分の身を抱くようにしている真智の体は震えていた。

「真智、おいで」

 千羽が膳を脇によけて、両手を広げていた。それに吸い寄せられるように真智が手を伸ばすと、頭一つ分高い千羽に抱きしめられる。

「大丈夫。良い子だから、私の言うことを聞いておくれ」

 耳元で響く優しい声に、真智は「はい」としか言えなかった。千羽は安心したように微笑み、長い指で真智の髪を梳きはじめた。

「村のことも、君のことも、俺が守るよ」

 真智は千羽の胸に頬を寄せ、背中に回した腕に力を込めると、千羽も髪を梳く手を止めて、閉じ込めるように一層きつく抱きしめた。それは、巫女と従者の距離ではなかった。

 突然、何かに弾かれたように千羽が真智の肩を押し、引き離した。

「さあ、お帰り。結界はあるが、気を付けるのだぞ」

「はい。では、千羽様もお気を付けて」

 それが、千羽と真智の最後の会話となった。


 真智は社までの道を駆けていた。来るなと言われていたが、どうにも胸騒ぎがしたのだ。

 喉が焼けるように痛み、草の葉でいくつもの切り傷ができていくが、そのことにかまっている余裕はなかった。

 いつも以上に多くの男たちが戦へ行くことになり、女たちが不安そうに見送っていた。嵐でもないのに木々が騒めいている。何より、千羽のことを思うと足元が揺らぐような恐怖で胸がいっぱいになり、うまく息ができなくなる。

 体の内に毒が回るように、真智の中を不安が埋め尽くしていった。いてもたってもいられずに気が付いたら村を飛び出し、社への道を駆けていた。

 何の力は無くとも、長年仕え続けた愛しい人の異変は流れ込んでくるように伝わってきた。

 足がもつれるほどに必死に走っていた真智だったが、突如聞こえてきた大きな羽音に思わずそちらを振り返った。

「白い、鳥?」

 久しく見ていなかった獣の姿に、足を止めて見入ってしまった。

 遠くてよく見えないが、人の背丈の半分くらいはあるだろうか。一点の曇りもなく嘴や長く細い足もすべてが真っ白で、ただ目だけが赤く染まっていた。

 燃えるような瞳が強くこちらを見ているように感じ、まるで心の中を見透かされているのではないかと恐ろしくなった。

 一瞬の後、大きな白い鳥は空高く舞い上がっていった。

 その時の羽音で呪縛が解けたようになり、真智は再び駆けだした。


 真智が社へとたどり着いた時に見たものは、千羽が『何か』と対峙している様子だった。真智にはその『何か』の姿を見ることはできなかったが、千羽は膝をついて、左腕を押さえた状態で宙のある一点を睨んでいる。千羽後ろの社は半分ほどが崩れており、その延長にある木が薙ぎ倒されていた。

「千羽様!」

 真智はたまらずに駆け寄った。振り向いた千羽が目を見開いている。

 それからはまるで時空が歪んだように、すべての動きがゆっくりと見えた。

 千羽が立ち上がり手を伸ばそうとした瞬間に、真智の顔に苦痛が浮かぶ。その胸から『何か』の爪が突き出ている。見えない真智は己を貫いたものがわからずに困惑しているようだった。そして『何か』が爪を勢いよく引き抜くと、ぱっと赤い飛沫が上がり、真智が千羽を巻き込んで倒れた。

「真智!」

 慌てて抱き起こすが、すでに魂は消え、千羽の手の中を流れる生ぬるい液体が緋袴の色をより一層濃く染めていく。千羽はその様子を呆然と見つめていた。

 視界の端に映る真智の魂を喰らった『何か』は、千羽には大きな爪を持つ歪な蜘蛛のような姿に見えている。

 それは、醜い『怒り』の塊だった。共鳴し、引きずられそうになっている今、千羽はそのことをよく理解した。戦火の中で生まれた他者への憎しみ、血で穢れた大地の嘆き、そうしたものが凝り固まって歪んでねじれて生まれたものだった。

 千羽は震える体を叱咤して真智を抱え上げ、少し離れた木の根元に横たえる。そして、元の場所に戻ると、深呼吸をして一気に力を解放した。まわりの木々が騒めき、『怒り』は気付いたように明らかな敵意を向けてきた。

「お前は消す。どんなことをしても」

 千羽は印を結ぶと、術を発動する。『怒り』も負けじと応戦し、その爪が千羽の身を切り裂いていく。しかし、不思議と痛みは感じなかった。

 体が勝手に動き、勢いだけで力を叩きつける。そうすると、『怒り』が少しずつその影を薄くしていく。

 お互いに憎しみを向け合って削り合う、泥沼のような争いだった。

 気が付いたら『怒り』は消えていた。倒れた木々の中、わずかな千羽の命だけが残っている。

「俺も戦をする者たちと何も変わらないな」

 千羽は脈打ちながら勢いよく血を流し続ける体を引きずって真智に近付くと、その横に崩れ落ちるようにして横たわる。そっと触れた真智の体はまだ温かかった。

 しかし、もう二度とその瞼が開くことは無い。鈴のような声で千羽の名を呼ぶことも無い。

 涙が、溢れた。堰を切ったように後悔と悲しみが押し寄せ、千羽を覆いつくす。

「真智……」

 そっと頬に触れ、引き寄せて自らの胸に抱え込む。その柔らかい感触に愛しさが募って、嗚咽とともにこぼれていく。

 千羽は声を上げて泣いた。獣も虫もいなくなった静かな場所で、真智の名を呼び続けた。しかし、どれだけ呼んでも彼女は永遠に帰らない。魂を壊されてしまっては輪廻にも戻れない。

 真智の体を強く抱いたまま、狂ったように叫び続けた。まるで、彼女の名前以外忘れてしまったかのように。

 ふと、自分の血の臭いの中に甘い真智の香りがして、千羽はぴたりと泣くのをやめた。

 目を閉じると、無になったはずの真智の体から、わずかに彼女の気配を感じる。ろうそくの小さな炎のような、あたたかい存在。
散りそうになる意識を集めて深く息を吸い、爪の先から体の芯まで真智の抜け殻を探る。そして、奥のほうにかすかに残る彼女の魂を見つけた。途端に、燃え上がるように喜びの感情が噴き上がる。

 それに押されるように千羽は上半身を起こし、血に塗れた震える手で自らの髪から簪を引き抜いた。真智が好んで挿した鬼灯を模したものだった。赤く輝くそれは手の中でしゃらりと鳴る。

 そして鬼灯の簪を真智の胸の上に置いた。

「真智、これを君に、あげよう。この中に入って、休んでくれ」

 千羽が手をかざすと、簪が赤く煌めき、ほのかな輝きが灯った。まるで脈打つかのようにその光は強弱を繰り返す。それを見届けると千羽は再び崩れ落ちた。

「真智、ま、ち……」

 地面に触れた唇はうまく動かず、声が出ない。すでに体は役割を終えたと言わんばかりに、言うことを聞かない。

――私は巫女として村を慈しんでいたけれど、本当は君だけを愛していたよ。許されたならば、俺は君だけのために生きたかった。

 愛しい少女の姿はもう見えなくなっていた。

――これは俺が君にかける呪いだ。君には心の美しい人たちに出会って、その魂をゆっくりと癒し、育てていってほしい。いつかまた巡り会うために。そして、その時は、

「……っ」

 違う、と思った。本当は、今、自分が彼女と生きていたかった。愛し愛されて、いつまでもどこまでも、共にいたかった。例え、どんな形であったとしても。

「ま、ち……」

 わずかに持ち上げられた指が力なく落ち、とうとう千羽の時も失われた。土で汚れた頬に一筋の涙が伝う。


 夜になり、静寂の中を真っ白な鳥が舞い降りる。満月を映した赤い瞳は人には見えないものが見えているようだった。羽を折りたたみ、寄り添って倒れている二人に慎重な足取りで近付く。真智の胸の上で千羽が守るようにして握っている簪をそっと咥えて抜き取ると、再び大きく羽を広げ飛び立っていった。


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