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2016_09
29
(Thu)22:00

嘘つきは物語の始まり 第五夜『夢うつつ』

今夜はホワイト・リリーをいただきます。

『嘘つきは物語の始まり』
https://lieisstory.theblog.me/









空には大きな白い月、見渡せば一面に色とりどりの花びらが舞っている。墨を溶いたような薄闇の中なのにいやに鮮やかだ。

顔を上げると月がろうそくの炎と二重写しになって見える。そして花びらはかすみ、かわりに無数の文字が見え始めた。

ああ、これは夢だ。わたしは眠りに落ちようとしている。

開いていない目が重なるふたつの世界を見ているのだ。ゆらゆらと揺らめく意識の隅で母の声が聞こえる。

――わたしたちの祖先はね、

いつか聞いた昔語りだ。

――ただの紙だったのよ、記録されるための。それが血を吸って、無念を吸って、人の形をとった。それがわたしたちの始まりよ。

そんなことあるわけないのに。それなのにわたしは夢を見る。血に刻まれた古い記憶を。



不思議な人だった。彼の文字は力を持っていた。紙に書けば文字に魂が宿る。生きた言葉はその意味を守った。

そうして書かれた記録は頑強な記憶となり、鮮明にその世界を紙の中で保っていた。

紙にとっては窒息しそうで怖くもあったが、さまざまな宇宙が、あるいは海が息づいているのは不思議な感覚でもあった。

僕は誰かの言葉を誰かに渡すのが楽しいんだ。文字や言葉は場所も時間も越えられる。すごいでしょう? そう言って笑っていた。

しかし彼は死んだ。あっけなく。愛した書物に埋もれ、目を見開いたまま胸にナイフを抱き、あたり一面を真っ赤に染め上げて。

ざわざわと記録たちが泣き始める。鉄のにおいの水たまりにその身を浸し、命を吸う。生が終わることの悲しみを吸う。理不尽に奪われたことの怒りを吸う。

そうして気が付いたら彼と同じ存在になっていた。頭があり、体があり、手足がある。ひとりで動いてひとりで歩いていける。

この世界の理に反した歪な存在。それを悟った瞬間に絶望と希望が胸のうちに渦巻く。流れるはずのない涙が頬を伝った。

「それ」は冷たくなった彼の体に寄り添いながら、彼の夢をつなぐこと、言葉をつないでいくことを決意した。例え自分が許されない存在だとしても。

遠い遠い記憶、映像は霞むように薄れていくが感情だけははっきりと覚えている。

悲しい、辛い、苦しい、悔しい。そして、強い覚悟。それは約束でもあり、人ならざるものが理を曲げた罪でもあった。

だから、わたしたちは世界中を旅する。文字を、言葉を持って、誰かと誰かをつなぎながら。



「……というわけなの」

わたしは語り終えると、真っ白なホワイト・リリーに口をつけた。

目の前で頬杖をついている人は全く読めない表情でハイボールを飲んでいる。どう思ったのかがさっぱりわからない。

ちょうど目が覚めた時に隣に来たその人に乞われてわたしの物語を語ったけれど、うまくできたかとても不安だ。

「つまりあなたはかつて紙であった一族の娘で、今は髪の毛に文字や言葉の意味を貯めながら翻訳家として生きていると?」

「そうです。まあ、ここは本当のことは言ってはいけない場所ですけど」

そう言うと少しだけ対面する人の瞳の奥が揺れる。

「それって、どういう意味?」

「さあ」

本当のことを言ってはいけない場所だから嘘です、とも本当のことを言ってはいけない場所だけど言いましたのどちらにでも取れる濁し方をした。ここはそういうのを楽しむ場所だと思うから。

目の前の人はふっと息を吐くとにやりと笑った。

「ねえ、あなたの知識の詰まったその髪に触れていい?」

「え?」

伸ばされた手をよけるようにわたしは咄嗟に身を引いた。イスが大きな音を立てる。その慌てぶりが予想外だったらしく、その人は目をまん丸に見開いて固まっている。

心臓がうるさいくらいに暴れている。

「……髪には触れてほしくないの、どうしても。そのかわり語ります。世界中のことを」

隣の人は気を悪くした風もなく微笑んだ。

「そう。じゃあ語ってくれる? 夜が明けるまで」

カウンターに置いていた手と手がわずかに触れる。アルコールのせいだけでなくとても熱い。

頭の片隅で花びらが舞った。今夜もまた夢が始まる。

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