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2016_09
09
(Fri)23:02

『花束を君に』

『一輪の花をあなたに』の所長視点。









「緑営業所から異動になりました湯川守です。よろしくお願いします」

 さあ笑え、今からここが僕の戦場だ。



「僕はここを『2年でなんとかしてくれ』と言われました」

 営業だけを集めたミーティング。自分で作ったスライドを背に低めの声でゆっくりとそう切り出した。

 この瞬間はいつも緊張する。

 白紙の上に一歩踏み出すのはとても難しい。マイナスでスタートすると、取り戻すのは至難の技だ。
 
「なんとかしてくれと言われるのは、なんとかしなければならない状態だということです。それがどういうことなのか、とりあえず大雑把な数字で把握してみました」

 僕を値踏みするような目がいくつも並んでいる。大多数は照明を落とした薄暗い空間の中にいて、僕はひとりでライトを浴びている。

 腕組みをしながらあくびをしてそちら側に座っているのは安全だろう。しかし、つまらない。彼らに負ける気はしない。だから僕はここにひとりで立っているのだ。

「これは全国の営業所の売上グラフです。当営業所の順位は半分より少し上くらい、別にそう取り立てて悪くも見えません。

次にこれは営業利益率のグラフです。途端に順位が下がるのがわかりますね。つまり、ここは売っているのに儲かっていないところだということです。

ここで、人数比率を見てみましょう。構成グラフの左が全国平均、右が当営業所です。ここは営業の比率が高い場所です。これを念頭に次の表を見てください。

これは売上と利益をそれぞれ事務所の人数で割った数字です。左が全国平均、右が当営業所。とても低い水準にあることがわかりますね。

つまり、営業がたくさんいるのに儲かってない。これがこの営業所の事実です。

我々はこれが示すことを重く受け止めなくてはなりません。そして、原因がどこにあるかを深く追究する必要があります。

決してみなさんが悪いと言っているわけではありません。がんばればなんとかなると精神論を語るつもりもありません。

どこかに無駄やおかしなところがあるはずなんです。それをこれから一緒に探していきましょう。

今日は以上です」

 解散と言うと、まるでお通夜のような空気で無言のままぞろぞろと出て行く。

 とりあえず、第一撃としてはうまくいったか。こっそりと肩の力を抜いた。



 それからは挨拶回り、来客対応、それらに付随する接待、通常業務に立て直しミッションの一環の書類精査。毎日が飛ぶように過ぎていき、明かりのついていないアパートに戻ると気が付いたら朝になっていたということが続いた。食事さえ行き帰りの電車の中、あるいは歩きながら食べるという有様だった。

 ある日、外回りから戻った時にふと視界にカラフルな花壇が飛び込んできた。ほんのわずかなスペースで少し狭そうにしながら、さまざまな種類の花がのんびりと風に揺られている。

 なぜ今まで気付かなかったんだろうか。その優しい色は疲弊しきった心にじわりと染みるようだった。

 念のためにと調べた花壇は特に不良債権ではないと判断できた。投資に見合った効果が出ているのはアンケートからもわかったし、なによりも自分で実証済みだ。これ以上手間がかからなければ、継続しても良いと思った。

 そしてたまたま遭遇した花壇の主の彼女。若いのに落ち着いてるな、くらいの印象の薄い子だった。

「……所長は難しいことを考えていらっしゃるのに、とてもわかりやすい言葉で伝えてくださるのですね」

 そんな彼女は水をやるのがあまりにも上手だったので――自分が心の底で望んでいた言葉を与えてくれたので、僕はこの花壇の主に恋をしてしまった。

 それからの日々はまるで花の色が僕の人生に移ったようだった。花の女神を心に抱く僕に怖いものなんてなかった。



 ある日、偶然彼女と帰りが一緒になった。柔らかい微笑みを見るたびに穏やかな気持ちが自分の中に満ちて沁みていく。幸せだった。

 僕はゆっくりと息を吸う。最初の一歩が肝心だ。

「安藤さん、最近忙しい?」

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