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2016_08
16
(Tue)17:52

4000hit企画作品『一輪の花をあなたに』

4000hit記念作品①です。

拍手お礼に出てくる2人のお話。








 次に来るのは全国最年少の所長らしい。

 地方の営業所であるここでそんな噂が駆け巡った3月。所内は急に書類整理や掃除で慌ただしくなった。加えて、上のほうの人たちは難しい顔をしてミーティングルームにこもることが多くなった。

 どんな人が来るんだろう。隅っこで働いている私にもその不安と緊張は伝染した。

 そして迎えた4月。

「緑営業所から異動になりました湯川守です。よろしくお願いします」

 噂の人物は、ふわふわの髪の毛にまんまるなメガネをかけた優しそうな男の人だった。



「きっつ……」

 営業ミーティングから帰ってきた高橋さんがどかっとイスに座る。イスがきいーっと悲しそうな音を立てる。

「湯川所長めちゃくちゃやばい。あれで34とか信じらんねえ……」

 珍しくきっちりと締めていたネクタイを緩めつつ、大きく息を吐いた。

「やばい、とは?」

 おそるおそる尋ねると、高橋さんは一度後ろを振り返り、声を落として言った。

「頭キレッキレ。超すげえ」

 ちっとも要領を得ない。隣の美紀ちゃんも不思議そうな顔をしている。

「こりゃあ俺クビになるかもなあ……」

 冗談ぽく言ったその顔があんまり笑っていなくて、いつもなら茶化す私たちも返す言葉が見つからなかった。よくわからないけれど、とりあえず所長は見た目通りの人ではなさそうなことだけはわかった。



 それから所内はみるみるうちに変化していった。お金の使い方も時間のかけ方も明らかに前とは違っていた。

 “これは何を目的としたものですか”

 それが所長の口癖らしい。どんなに些細なことでもその意味や効果を問われるのだという。

「もしかしたら君たちもクビになっちゃうかもね」
 
 私は営業所の花壇の前にしゃがみ込んで花の手入れをしていた。わずかなスペースではあったが、色とりどりの花がふわふわと風に揺れている。

「安藤さん」

 声をかけられて顔を上げると所長がいた。逆光でその表情はよく見えない。

「これ、安藤さんが世話してくれてたんだ」

 所長が一人分の間を空けて隣にしゃがみ込んだ。緊張は一気に最高潮に達した。

「はい。入った時についてくれた先輩から引き継いで」

「きれいだね。大変じゃない?」

「いえ。もともと好きですし。お客様や所のみんなが見て少しでも癒されてくれたらと思うとがんばれます」

 何をどう答えるのが正解なのかわからない。背中に嫌な汗が流れる。

 そんな私の様子を知ってか知らずか、所長は花をつついている。

「不要だと、思われますか?」

 思い切って尋ねてみた。自分でも情けない顔をしている自覚はある。

 前から数字に結び付くものではないという負い目はあった。それでも目に見えない効果はあると信じて一生懸命やってきたのだ。悪く思われないように細心の注意を払って。

「いや、お金も時間もそこまでかかってないみたいだし、お客様アンケートでも好評みたいだよ。目的と投資に十分見合った効果が出ている。だから、不要だとは判断していない。これ以上拡大することはできないけど、続けていってほしい」

 こちらを見た所長は柔らかく微笑んでいた。

「ありがとうございます」

 無意識に握りしめていた拳から力が抜けていく。そして私はこらえきれずに噴き出してしまった。

「何かおもしろいことあった?」

 きょとんとする所長。

「いいえ、すみません。はっきり言っていただけて安心してしまいました。やっぱりこの花壇もリストラの検討対象だったんですね」

「僕は人は切らないよ。そのかわりその他のことは極限までがんばってもらうつもりだから」

 その声音に鬼所長と言われる理由が垣間見えた気がした。

「……所長は難しいことを考えていらっしゃるのに、とてもわかりやすい言葉で伝えてくださるのですね」

 所長が固まった。何も考えずにぽろっと出た言葉だったが、失礼だっただろうか。

「それが僕の仕事だからね」

 ありがとう、と笑うその顔は年相応の男性に見えた。



 ある日、残業中の所長のデスクに所長決済の書類を置きに行くと、視線で呼び止められた。所長が机の上に置いてあった何かを私に差し出す。

「これをあげよう」

 手のひらに置かれた物を見ると、こげ茶色の小さな粒がいくつか入った袋だった。

「何の種ですか?」

「さあ、これのおまけでついてたんだ」

 所長がお茶のペットボトルを見せる。最近上映が始まった映画とタイアップしているらしく『君も謎の植物を育ててみよう』と書いてある。

「わかりました。とりあえず育ててみますね」

「よろしく頼むよ。僕じゃうまくできないから」

 所長のほっとしたような顔に、なぜだか心がざわついた。



 それから奇妙な交流が始まった。それはまるで秘密基地を共有する子どものようだった。

 コピー機の前でこっそりと、あるいは残業中の2人きりになった瞬間に、所長は種の様子を私に尋ねるのだった。

 そのうちに芽吹いたのは種だけではなかった。その笑う顔をその柔らかく響く声を栄養に、私の中の何かもゆっくりと育っていった。



「送っていくよ」

 私が一人で残業をしていると、所長も必ず残っている。そして帰る頃に所長も仕事を終えている。その意味を考えないほどに鈍感でも無かったけれど、良いように解釈するほどの自信も無かった。

 人工的な光で明るい夜の街を、一人分の距離を空けて歩く。いつもよりはやい心臓の音が耳の奥で響く。

「あ、そう言えば湯川さん。あの種の植物がだいぶ大きくなりました」

「なんだった?」

「なんかいい香りのする葉っぱでした。名前はよくわかりません」

 スマホの写真を見せると、鉢の中の瑞々しい緑に目を細める。一歩近付いただけなのに体温まで感じられるようだった。

「安藤さん、最近忙しい?」

 詰まったままの一人分の距離はそのままに湯川さんが尋ねた。

「次の種ですか?」

 そう問うと笑って否定した。

「違うよ。僕と食事にでも行きませんか」

 最後の一滴を得て、蕾がほころんだ。

 鮮やかに咲き誇った花があなたに摘み取られる日もそう遠くはないでしょう。


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No title

こんばんは。
なんて素敵なお話…ありがとうございます(^^)
だんだんと近づいていく二人の距離が、読んでいてほのぼのしました。
所長目線だとどんな感じなのかも気になりました。

2016/08/16 (Tue) 20:49 | 野津征亨 #- | URL | 編集 | 返信

Re: No title

野津さま

こんにちは。早速読んでいただきありがとうございます!

素敵と言っていただけてうれしいです。

所長目線!確かにおもしろそうですね。
クールな振りして裏でわたわたしてるんだろうなあと思います。仕事では優秀ですが、恋愛は不得手だと思うので。

リクエストありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

吉川蒼

2016/08/17 (Wed) 18:52 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/08/17 (Wed) 21:36 | # | | 編集 | 返信

Re: タイトルなし

鍵さま

こんにちは。コメントありがとうございます。
こうシンプルな言葉で褒めていただけると異常にわくわくしてしまいます。
花が咲くようにゆっくりと書いた作品なので、優しいという感想が本当にうれしいです。
ありがとうございました!

吉川蒼

2016/08/19 (Fri) 17:02 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

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