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2016_06
12
(Sun)23:33

『ある梅雨の日』(『約束の夏』番外編)

陽平が中一、いずみが高一になった梅雨のお話です。







 学校から戻り、ちょうど自分の部屋のドアを開けた時だった。机の上に置いてあるスマートフォンが鈍い音を立てて着信を知らせた。

 “北森いずみ”

 覗き込んだ画面には陽平の鼓動を少しだけ速くさせる名前が表示されていた。机のライトを点けると同時に、手早くロックを解除してアプリを開く。

 『あの公園にあじさいがさいていたよ』

 そんなメッセージとともに送られてきたのは淡いピンク色の紫陽花の写真だった。小ぶりなものがみっつほど写っている。葉の先で今にも滑り落ちそうな水滴が光を浴びて輝いていた。向こうでは昨日、雨が降っていたのだろう。写ってはいないがしっとりとした土の香りも感じられるようだった。

 陽平はかばんを床に放り、立ったまますぐに返信を打ち始める。

 スマートフォンは中学校進学を機に母がくれたものだった。家の中でしか使えないが、陽平にとってはかなりありがたい代物だった。なにせ今までは家族共用のパソコンのメールでしかいずみとやり取りができなかったのだ。それが家族に見られずに、しかも好きな時にやり取りができる。もちろん母の厳しい条件付きではあったが、こんな便利なものはなかった。

 『こっちも咲いてる』

 フォルダの中から先週末に撮影していた青い紫陽花の写真を選択して送る。よく晴れた日にそばを通りかかり、その鮮やかさに惹かれて撮ったものだった。

 いずみからの返信を待つ間に急いで制服から部屋着に着替える。ちょうどハンガーにかけたところでスマートフォンが再び震えた。

 『陽平くんもあじさいの写真撮ってたんだね。偶然。なんだかうれしい』

 そのメッセージの下にはハートを飛ばして目いっぱい喜んでいる女の子のスタンプが押されていた。陽平はその絵に重ねるように画面の向こうのいずみの笑顔を思い浮かべた。

 いずみとこうしたやり取りをするようになってから、散歩の時にはカメラ代わりにスマートフォンを持ち歩くようになった。

 変わった形をした雲や幻想的な空の色、道端でほころぶ花々、偶然出会う動物たち。いずみに見せるために、視界に映った心躍る一瞬を集め続けている。

 そうしてフォルダの中に積み重なっていく日常からさらに丁寧に選びだしていずみに渡すのだ。何でもない、尊い世界のひとかけらを。

 今回も偶然と言えば偶然だが、紫陽花を見た時にいずみの顔を思い浮かべて撮っている以上、素直に同意することもできず陽平は若干複雑な気分になった。

 『こんなのも撮れた』

 話題を逸らすかのように次に陽平が送ったのはかたつむりの写真だった。紫陽花を撮った時にすぐそばにいたものだ。

 『すごい。久々に見た!』

 すぐに返信がくる。はしゃぐいずみの声が聞こえるようだった。撮っておいて良かった。無意識に笑みがこぼれる。

 次は何を送ろうか。フォルダの中身を遡って確認している時だった。

「ようへーい! ごはーん!」

 階下から母の声が聞こえる。なんで今日はこんなに早いんだ。陽平はスマートフォンを握りしめたまま机に突っ伏した。このやり取りを続けたい。しかしすぐに行かないと母の機嫌を損ね、最悪の場合没収ということも有り得る。

 仕方がない。陽平はひとつため息をつくと、スマートフォンを机に伏せて一階へと降りていった。

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2016/06/13 (Mon) 03:10 | # | | 編集 | 返信

Re: タイトルなし

鍵さま


コメントありがとうございます。この物語が誰かの救いになっているということがとてもうれしいです。

きっとふたりが生きること、お互いを想うことに対して真摯だからそのように感じていただけるのかなと思いました。彼らは非常に純粋に結び付いているのです。

そして一番大事な言葉に注目していただいて……さすが鍵さまです!これはすっと浮かび上がってきたフレーズなんですよ。

仰る通り、これが物語の核心です。ふたりの間に長く続く大事な約束なので。

これからも温かく見守ってやってください。

吉川蒼

2016/06/13 (Mon) 21:56 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

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