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2016_03
14
(Mon)23:03

ホワイトデー企画『春風の町』(『約束の夏』番外編)

こんばんは。今回もすべりこみなので出来立てほやほやの粗々ですが、楽しんでいただけると幸いです。







 陽平くんのところに遊びに行きたい。

 冬の受験勉強の合間にこぼれ落ちたひとりごとをお母さんはすかさず拾い上げて、てきぱきと計画を立ててくれた。

 「12月なのにまだ早いよ」と言うと、「こうしたらがんばれるでしょ?」と返ってきた。さすがお母さん、娘のことよくわかってる。

 そうしてやる気が2倍、3倍になったわたしは、難しいと言われていた第一希望の高校に見事合格した。

 3月下旬。わたしはお母さんの運転する車に乗って、陽平くんの町へ向かっていた。





「久しぶりだね」

「おう」

 玄関で出迎えてくれた陽平くんはそっぽを向いていてちょっとぎこちなかった。

 その分わたしは遠慮せずに陽平くんを眺めた。グレーのパーカーに赤系のチェックのシャツ、暗い色のジーンズ。うん。よく似合っていてかわいい。

 対するわたしは薄い茶色のワンピース。お気に入りだけど、陽平くんと並ぶとちょっとおばさんぽかったかな? でも襟はかわいいレースだし大丈夫かな?

「じゃあ、行こう。いずみ」

 後ろでちょっと怖い顔をしていた陽平くんのお母さんから逃げるように、陽平くんはわたしの横をすり抜けて門扉に手をかけた。

 わたしは考え事を中断し、おばさんに頭を下げて慌てて追いかける。

「陽平くん、よろしくね」

 横で笑っていたお母さんが声をかけると、陽平くんは振り返って「はい」としっかりした声で返した。

 たったそれだけなのに、なんだか胸が熱くなった。





「今日はおれが行きたいところでいい?」

 家が見えなくなった頃、ぽつりと陽平くんが告げた。

 珍しい。いつもはどこに行きたいか必ず聞いてくれるのに。そして戸惑って答えられないわたしに「連れて行ってやる、ついて来い」と言ってくれるのに。

「いいよ。どこに行くの?」

「パン屋」

 これまた意外なチョイス。陽平くんてパン好きだったっけ?

 疑問符を浮かべながら歩いていると、となりの陽平くんがわたしの顔を覗き込む。前に会った時よりも近くなったその顔にはほんの少しだけ不安の色がにじんていた。

「どうかした?」

「ううん。なんでもないよ、楽しみだなあって思って」

 陽平くんは少しだけ口の端を上げると前に向き直った。

 土手の菜の花を眺めて、道路に落ちた木の実をつついていたすずめを追いかけて、いくつも通る電車の種類を教えてもらって、柔らかい太陽の下を春風に揺られながらのんびり歩いた。そうして10分ほどすると目的地のパン屋さんが見えた。

 赤茶のレンガ風の壁に蔦がはっている。ガラスには店名らしき白いアルファベットが描かれていた。その向こうにはおいしそうなパンたちが並んでいる。とってもおしゃれで、ひと目で気に入ってしまった。

「ここ、母さんとたまにくるんだ」

 そう言ってドアを開けると、手で入るように示された。いつか映画で観た外国の紳士のような自然な動作に思わず感動してしまった。負けないようにできる限り上品な感じで店内に足を踏み入れる。

「好きなのを買って、帰ってから食べよう」

 陽平くんの提案にわたしはぶんぶんとうなずいた。トレイとトングを持った陽平くんに続いて同じようにトレイとトングを取ろうとすると、彼の眉間にしわがよった。

「ほしいものがあったら言って」

 そう言われて行く手を阻まれる。わたしはトレイとトングをあきらめて、手ぶらで店内をぐるりと見回した。

 こんがりと焼けたシンプルなバゲットやブールもいいけど、チョコレートのかかったドーナツやクリームたっぷりのコロネもいいなあ。黒糖のベーグルやフレンチトーストもおいしそう。期間限定のいちごと生クリームのパンも気になる。

 ぐるぐると迷っていると隣で笑い声が聞こえた。

「そんなに悩むなら全部のっければ?」

 トレイを示して意地悪な顔をしている。

「トレイが足りなくなっちゃうよ」

 あとお金も、と返すとまあがんばれと言われた。こんな素敵なお店に連れてくる陽平くんが悪いのだと思う。なんかずるい。

 結局わたしはドーナツとアップルパイとくるみパンを選んだ。それらをトレイにのせた陽平くんはなぜかわたしに店の外に出るように言った。財布からお金を出そうとするとものすごい顔でにらまれた。

 なんなんだろう。無言の勢いに負けて財布を握りしめたまま外に出てしまった。

 しばらくぼやっと突っ立っていると、ドアが鳴って袋を抱えた陽平くんが現れた。

「ようへ「これは、」

 お金について聞こうとしたら強い口調で遮られた。

「バレンタインのお返し。だからいずみは払う必要ない」

 最後のほうは声の勢いも音量もしぼんでいった。目が合わない。もしかして、照れてる?

 その様子を見ていたらなんだかうれしくって、思わず抱きつきたくなってしまった。そんなことしたらきっとすごく怒られるから絶対にできないけど。

 そのかわりに手を差し出した。

「ありがとう陽平くん。すっごくうれしい。帰ろう?」

 陽平くんはちらりとこちらを見ると、わたしの手に袋を持たせた。もう、違うのになあ。わたしはこっそりと笑って歩き出した。





 陽平くんが連れて行ってくれるところならどこでもいい。見せてくれるものなら何でもいい。

 陽平くんが指差した先に素敵なものがあって、わたしはすごくうれしくて、それで振り向くと陽平くんが得意そうに笑っていて……それがたまらなく幸せ。いつもこのまま時間が止まればいいのにと思う。

 わたしに見えていたのは病院の天井ばかり。目を閉じたらもう終わりなんだと何度も思った。伝う涙の冷たさでかろうじて自分が生きていることを知っていた。

 でも今は陽平くんを通して広い世界の端っこを見ている。彼が見せてくれる美しいものたちはわたしの心をさらって、さらに遠くへ連れていこうとする。

 きらきらとしたかけらに触れると、もっともっととわがままになる。そのたびに明日へ続く細い道が伸びるのが見える。

 その先にいるのは、わたしのヒーロー陽平くん。

「いずみ、どうした?」

「何でもないよ」

 ぼんやりとしていて開いてしまった距離を慌てて縮めようとすると、その前に陽平くんが戻ってきてくれた。だめ。陽平くんといると、時々泣きたくてたまらなくなる。

 いつまでも一緒にはいられない。そんなことはわかってる。でも、あと少しだけ一緒に歩くことを許してほしい。

 祈るような気持ちでわたしは空を振り仰いだ。

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2016/03/15 (Tue) 15:32 | # | | 編集 | 返信

Re: タイトルなし

鍵さま


こんばんは。コメントありがとうございます。
「かわいい」という感想がとてもうれしいです!

この2人はどこかで生きているのではないかと思うくらい鮮やかに動きます。
本当は書く予定は無かったのですが、なぜかふわっと浮かんできて気が付いたら書いていました。
そわそわしているいずみちゃんと緊張している陽平くんが楽しかったです。

ちなみにホワイトデーを迎えるまでになぜかこの時期だけ疲れやすかったお母さんが何度もおつかいを頼んだのでおこづかいがたまっていたという前日譚があったりします。

これからものんびりと書いていくので見守っていただければ幸いです。

よろしくお願いします。

吉川蒼

2016/03/15 (Tue) 22:03 | 吉川蒼 #- | URL | 編集 | 返信

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