2014_03
16
(Sun)22:41

『清光恋々』(2)

清光恋々(1)の続き


 





「やあ、千代さん。今日は一段と素敵な装いですね。もしかして、私のためですか?」

 朝から八重が外出用の振袖を持ってきて着せるものだから、何かと思っていたらこれだ。千代は謀られた、と思った。階段を降りたところに、千代が苦手とする婚約者候補・有馬高行がいた。

「八重が勝手にしたことです。私は有馬様がいらっしゃるとは聞いておりませんでした。それでは、失礼いたします」

 そう言って踵を返し、部屋に戻ろうとする千代を珍しく有馬が引き留めた。

「千代さん。ひとつだけお渡ししたいものがあるのです。それだけ受け取っていただければ今日は退散しますから、どうか少しだけこちらへ来ていただけませんか」

 いつもならば八重が引き留めるのを黙ってにこにこと眺めているだけなのに、と少しだけ調子を狂わされた千代は、気付いたら方向転換して階段を降り、有馬のもとにいた。

「ありがとうございます。お渡ししたいものというのはこれです」

 有馬が取り出したのは、黄楊の櫛だった。控えめに桜の花があしらってあり、華やかさはなかったが、繊細で上品な美しさがあった。

「きれい……」

 千代は思わずそう呟いていた。

「気に入っていただけましたか。本来ならば想い人に贈るような物ではないかと思ったのですが、一目見て気に入りましてね。思わず購入してしまっていたのですよ」

 確かに装飾品としては物足りないのだろうが、十分に素敵な物だと思った。それを持ってきたのが有馬だという事実が悔しくなるくらいに。

「ありがとう、ございます」

 これが例えば、もっと派手でいかにも高価な代物であれば、別の女性に差し上げたらと嫌味のひとつでも言って受け取らなかったが、有馬が本当に美しいと思って千代のために手に取った物だということが感じられて、いつもの反発心がどこかにいってしまったようだ。

 有馬は千代が気に入ったらしいことを見て取ると、一歩近づき、そっと櫛を千代の髪に挿した。

「とてもよくお似合いですよ。貴女はやはり美しい」

 そう言っていつもより近い距離で微笑む。

「な、な、何を! 無礼だわ! いきなり髪に触るなんて! それに近過ぎよ!」

 顔を真っ赤にして取り乱す千代に、有馬は、これは失礼しました、と笑いながら一歩下がる。

「もう用事はこれでお済みでしょう! 私はこれで失礼いたします!」

 ばたばたと慌てて部屋に戻っていく。そこにいつものすました強気な華族令嬢の面影はない。新たに意外な一面を発見できたような気がして、有馬は少しうれしくなった。

 そして八重に帰ることを告げ、屋敷を後にした。

 今日は、もう一つの仕事の日だ。浮かれ気分は捨てて行こう。





 深夜。有馬は藍染の着物を着て、今回の標的の近くに来ていた。とある貿易商の屋敷だ。裏では人身売買を生業としている話だ。

 侵入経路、目的の物の在り処、逃走経路をもう一度思い返し、行動を開始した。

 『藍』は世間では富める者から金をかすめ取り、貧しき者へ与える義賊として認識されているが、実際は違う。金そのものは目くらましのためのついでにしか過ぎず、本当の目的は、「出過ぎた杭」の粛清だ。犯罪行為の証拠の収集、脅迫等が主な内容となる。

 裏稼業で稼ぐ輩はいくらでもいる。しかし、“やりすぎ”を快く思わない者たちがいる。代々、有馬の家はそういった者たちの命を受け、手を汚してきた一族だった。各界、各分野での協力者も多い。時代の変化に合わせ、そのやり方を変えながら粛清の実行犯役を続けている。

 有馬個人としては、非人道的な行いをする輩など全て潰してやりたいが、それもまた“やりすぎ”になる。そうなると今度は有馬家が粛清対象となるだろう。

 誰かの思惑の下で単に踊らされているだけであれ、悪党を苦しめていることには変わりない。有馬はそう無理矢理自身を納得させ、『藍』として日々活動している。

 今回も無事に仕事を終え、指定の場所で仲間に盗んできた物を引き渡すと、物陰に身を潜め少しだけ緊張を緩める。

 ふと違和感を覚え、空を見上げると、雲が晴れて月が出ていた。仕事中は持ってくれてよかったと思いながら、月を眺める。白く輝き、まわりを照らすその光は千代を思い出させる。

 有馬は自分が薄汚れた人間だと感じる時に、無性に千代に会いたくなる。千代の素直さに触れて、浄化された気になりたくなる。嫌われて、婚約を成立させないようにしなければならないのに、一方で千代を求めてしまう自分がおかしくて仕方がない。

 嫌われるためにと、千代のもとに足繁く通う自分は、本当は何をしに行っているのだろう。ただ会いに行っているだけではないか。



 ばかみたいだ。何がどう転んでも行き着く先は地獄でしかないのに。



 感傷に浸っている間に再び雲が月を隠した。あたりが深い闇に包まれる。そろそろ動かないとまずい。有馬は顔を隠している布を引き上げ、闇に消えていった。

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